イングランド宗教改革の先駆者ジョン・ウィクリフの保護者として知られる。
ジョンが宮廷に強い影響力を持っていたため、甥のリチャード2世はその勢力を削ぐ機会を狙っていた。リチャード2世は、ゴーントの死の前年、ゴーントの子ヘンリー・ボリングブロクを国外追放し、ゴーントの死を見届けるとその領地没収を命じた。
ボリングブロクは帰国して反乱を起こすとリチャード2世を捕らえて廃位し、イングランド王に即位してランカスター朝を開いた。