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よど号ハイジャック事件

よど号ハイジャック事件とは、1970年3月31日に赤軍派が起こしたハイジャック事件である。「よど号」とはハイジャックされたボーイング727型機の愛称で、当時日本航空は保有する航空機一機ごとに愛称を付けていた。犯人グループである赤軍派9名は、この事件で北朝鮮亡命する意思を示し、同国に向かうよう要求。国内線のよど号は福岡韓国ソウルを経由して北朝鮮に到着、亡命した。

Table of contents
1 事件の経過
2 ハイジャック犯人グループ
3 外部リンク

事件の経過

1970年3月31日午前7時33分、羽田発福岡行きの日本航空351便(ボーイング727、乗員7名、乗客131名、犯人グループ9名)が、富士山上空を飛行中に日本刀などの武器を持った犯人グループによりハイジャックされた。犯人グループの一部は操縦室に入り、航空機関士を拘束した上、機長に北朝鮮に向かうよう指示した。

この要求に対し、機長は北朝鮮に向かうには燃料が不足しているとして、犯人グループを説得、同機は午前8時59分、福岡の板付空港(現在の福岡空港)に着陸して給油が行われた。この時点で警察は犯人グループを説得し、人質23名が解放された。その後、よど号は午後1時59分に空港を離陸。北朝鮮に向かおうとした。本来は国内線の同機には北朝鮮の地図など無く、機長が日本航空から受け取った地図は中学生用の地図帳のコピーであった。しかし、この地図には、航路図無し、121.5MHzを傍受せよ、と無線周波数などの指示書きがされており、機長はこれに従った。

朝鮮半島の北緯38度線に到達する頃、この無線周波数から関係当局により無線で誘導が行われ、午後3時16分、同機は平壌とされる場所に着陸する。実際は韓国の金浦空港で、犯人逮捕に向けた作戦であった。韓国兵は北朝鮮兵の服装をして、女性兵士が平壌到着歓迎のプラカードを掲げるなど、必死の偽装が行われたが、犯人の赤軍派グループは空港内の米軍機を発見してそれに気付く。

犯人グループのリーダーはさらに、偽装をしている者(兵士という説がある)に対し「Here is Seoul?」(ここはソウルか?)と尋ねた。経緯を知らないその人物は「Yes, Seoul!」(そうだ、ソウルだ!)と返答してしまう。また、犯人は金日成の写真を持ってくるように要求したが、北朝鮮が敵国である韓国においてこの写真は当然ながら用意できず、犯人達は偽装を確信して逆上する。

その後、4月1日から4月3日にかけ、日本から韓国に来た山村新治郎運輸政務次官が身代わりになることを申し出て犯人グループと交渉、結果、乗客の半数を解放してから、山村政務次官が搭乗、残りの乗客の解放という方式で乗客全員を解放した。また、乗員のうちスチュワーデスも解放された。

4月3日午後6時5分、同機は金浦空港を離陸、38度線を越えて北朝鮮に入った。機長はこの時点でもまともな地図を持たされておらず、周囲は暗くなっていたため、肉眼で確認できた滑走路に向かい、着陸した。この滑走路は平壌郊外にある美林(ミリン)飛行場跡地だったという。犯人らは北朝鮮当局によって確保され、亡命は成功した。

4月4日、よど号は帰路につき、機長、副操縦士、航空機関士、山村運輸政務次官は無事帰国してこの事件は終結した。

ハイジャック犯人グループ

外部リンク





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