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The Rolling Stones(1963年 - 、イギリス)は、ロック初期から一線で活動を続けるロックバンド。
アメリカに於いては、「『ブルース(英語の発音では「ブルーズ」の方が近い)のレコードジャケット』に黒人ミュージシャン本人を含めて、黒人の顔の写真を載せてはいけない」といった慣例のあった州の多かった1960年代、人種の枠を超えて黒人音楽そのものであるブルーズを心から敬愛し、影響を受け、作風や歌や演奏、グルーブまでもなりきって表現しようとした結果、現在は、逆に黒人ミュージシャンからも敬意を受けるほどの数少ない白人ミュージシャン集団となった。 そういった点が、「黒人のブルースを白人が歌うとウケる」と考えたエルビス・プレスリーや、「人種やジャンルは関係なしに音楽を愛したが、ことロックンロールに関しては、比較的白人的な表現方法の枠にとどまったビートルズ」(あらゆる思想や国籍を持つ読者から誤解されると困るので、あえて書き添えるが、これは「人種や民族そのものやそれをルーツとする音楽、活躍した時代背景の上下や優劣を指す」という意味ではない。「各人の個性に起因する考え方や環境、音楽的フィーリング、表現可能な音楽枠やその表現方法論の違い」にすぎない。)らの音楽とは一線を隔す大きな要因ともなっている。 また、黒人系音楽ルーツの白人ミュージシャンが1960年代後半から1970年代初頭にかけて米英問わず、多数台頭しだした大きなきっかけとなったともいえる。
また、彼ら自身も、後述するファッション、及び、流行の音楽をも、細部では一部のメンバーの結果的交代や、作品やライヴパフォーマンスに於いて自分の音楽の範囲内で消化して取り入れるということによって、まもなく結成して40年を超えようとする現在に至っても、ブルース(リズム・アンド・ブルース)ルーツのロックンロールという音楽で今なお、第一線で現役を貫き通している。
衣装を統一せず、一般人の普段着のような服をステージでも着ることや髪をきれいにカットせずに伸ばし放題にすることなど、その後のミュージシャン(とりわけロック)のスタイルに大きく影響を与えるような変化は、ローリングストーンズによってもたらされたとされる。 現在の感覚で当時の写真を見ると、それほどでもないのだが、1960年代当初、英国の学校では、ビートルズのマッシュルームカットは禁止されていた。しかし、2年ほどしてローリング・ストーンズがデビューしてからは、「前者は容認とした学校が多かったが、それでもなお、後者を真似た髪型は一切禁止された」という事実に、当時の彼らのファッション上の過激さの違いが感じとられる。
| Table of contents |
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2 ディスコグラフィ |
メンバー
ディスコグラフィ
英国版オリジナル・アルバム
;ザ・ローリング・ストーンズ(1964.4.16)
;ザ・ローリング・ストーンズ NO.2(1965.1.16)
;アウト・オブ・アワー・ヘッズ(1965.9.24)
;アフターマス(1966.4.15)
;ビッグ・ヒッツ(1966.11.18)
;ビトウィーン・ザ・バトンズ(1967.1.20)
;サタニック・マジェスティーズ(1967.12.8)
;ベガーズ・バンケット(1968.12.5)
;スルー・ザ・パスト・ダークリー)(1969.9.12)
;レット・イット・ブリード(1969.12.5)
;ゲット・ヤー・ヤ・ヤズ・アウト(1970.9.4)
ローリング・ストーンズ・レーベル
;スティッキー・フィンガーズ(1971.4.23)
;メインストリートのならず者(1972.5.12)
;山羊の頭のスープ(1973.8.31)
;イッツ・オンリー・ロックンロール(1974.10.10)
;ブラック・アンド・ブルー(1976.4.20)
;ラブ・ユー・ライブ(1977.9.23)
;女たち(1978.6.9)
;エモーショナル・レスキュー(1980.6.23)
;刺青の男(1981.8.30)
;スティル・ライフ(1982.6.1)
;アンダーカバー(1983.11.7)
;ダーティ・ワーク(1986.3.24)
;スティール・ホイールズ(1989.9.23)
;フラッシュポイント(1991.4.20)
;ヴードゥー・ラウンジ(1994.7.11)
;ストリップド(1995.11.13)
;ブリッジズ・トゥ・バビロン(1997.9.29)
;ノー・セキュリティ(1998.11.2)