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サイエンス・フィクション(Science Fiction、略語はSF)は、科学的な空想にもとづいたフィクションの総称で、小説の1ジャンル。日本ではエスエフと略されることが一般的だが、英語では Sci-Fi(サイファイ)と略されることも多い。空想科学小説という言い方もされたことがあるが、現在ではこのような呼び方はあまり一般的でない。「サイエンス・フィクション」という名前は、世界初のSF雑誌アメージング・ストーリーズの初代編集長ヒューゴー・ガーンズバックがつけた。(ただし彼は「サイエンス・フィクション」ではなく「サイエンティフィクション」と呼んだ)。ニューウェーブの全盛期には、「SFは科学小説ではない」という見解が多数派だった為、当時は「SFはサイエンス・フィクションの略ではなく、スペキュレーティブ・フィクション(思索の小説)の略だ」と考えられた。
| Table of contents |
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2 古典的なSF 3 SFの発展 4 道具立ての変遷 5 関連項目 6 外部リンク |
創世以前のSF
最初のSF作家として普通認知されているのはジュール・ベルヌもしくはH・G・ウェルズである。しかしそれ以前にもSF的な文学は存在した。おそらく最古のSF的小説は古代ギリシャの作家ルキアノスの書いたイカロ・メニッパスであろう。この小説で主人公のメニッパスは両手に翼をつけてオリュンポス山の上から「イカロスのように(イカロ)」飛び立ち月の世界に行き、そこで月の哲学者と会う。そして彼に、目を千里眼にしてもらって地上を見て、世界の小ささを実感する。
具体的な例としては、もし時間を空間と同じように移動できるとしたらという仮定から『タイムマシン』、もし中性子星に生物が生息するとしたらという仮定から『竜の卵』など。
ジュール・ベルヌやH・G・ウェルズ、ヒューゴー・ガーンズバックなど初期のSF作家には、確かに「未来予測」的な仮定に基づく作品が多かった。その一方、宇宙を舞台とする冒険活劇ものである「スペースオペラ」というジャンルも生まれた。宇宙戦争やロボットなど、現在でもしばしばSF小説やSF映画に登場する数々のSF的モチーフのほとんどが、この頃までに現れている。
1950年代以降、冷戦や核戦争による人類の滅亡が現実的な問題となってくると、そのような状況を反映したリアリスティックな「終末もの」SFが書かれた(『渚にて』など)。一方、最新の物理学的、あるいは天文学的な知識に基づいた遠大かつ科学的な宇宙叙事詩も書かれた(映画『2001年宇宙の旅』の原型となった『前哨』など)。このように厳密な科学的知識に基づいたSFを「ハードSF」と呼ぶ。アーサー・C・クラークやアイザック・アシモフ、より新しい作家ではJ・P・ホーガン、堀晃などがこの傾向の作品を書いている。
50年代のリアリスティックなSFの出現はSF雑誌アスタウンディング・サイエンスフィクション(後のアナログ)の3代目編集長ジョン・W・キャンベル・ジュニアの影響が強い。
50年代以前のSFにありがちな荒唐無稽なSFが編集長である彼の元に送られてくると、キャンベルはそれらを批判した。例えば宇宙人が地球人を食用の家畜として飼う話を読んだ時には、食用にするなら地球人を育てるより牛を育てたほうがずっと効率的だと批判したり、宇宙人が地球人女性を性の奴隷として連れ去る話を読んだ時には「ちょっと美の感覚が違えば、人間の女でなくとも豚でもよかったはずだ」と批判した。この為「準光速で走っているのに宇宙船が突然直角に曲がる」ような小説は無くなった。50年代はSFの全盛期なので、50年代SFを「黄金時代」のSFと呼ぶ。
1960年代には、イギリスを中心に「ニュー・ウェーブSF」の流れが起きた。これは、対象を外宇宙から内宇宙へ、内省的・思弁的な方向に向けたもので、マイケル・ムアコックの主催する「ニューワールズ」誌を中心に、J・G・バラード、ブライアン・オールディスなどが前衛的な作品を発表した。この流れはアメリカにも波及し、SFと他のジャンルとの中間的な作品や、SFの中で文学的実験を行おうとする作品も現れ、「ニュー・ウェーブSF」登場を印象づけた。フィリップ・K・ディック(『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』)、ハーラン・エリスン、ロバート・シルヴァーバーグなどに代表される。彼らに共通するのは人間の社会や歴史、文明、文化に対する巨視的で批判的な視点であり、また、単なる科学の礼賛やその批判ではなく、SFを、人間に関わるあらゆる問題に対する文学的思索(スペキュレーション)の手段として利用していることである。寓話性や哲学性を持った文学的価値も高いSFが増えてきたのはこの頃からである。またファンタジーとの融合が試みられた時期でもある。
SFの模索期であった60年代には、50年代ほどの人気が無かったので、黄金期(「ゴールデンエイジ」)のSFと呼ばれる50年代SFと比べて60年代SFを「シルバーエイジ」のSFと呼ぶ事がある。
日本では、海外のSFの動きにも影響されつつ、1970年代までに今では古典的な作家達が出そろった。小松左京、筒井康隆、眉村卓、光瀬龍、星新一らがそうである。彼らの作品は、すでに述べたようなSFの諸要素が多様な形で応用、吸収されている。
1980年代以降はそうしたSFの本流よりも、映画のノヴェライゼーションやファンタジーとの境界があいまいな作品が目立って増えてきた。
かつて現実味を持ちえた「火星に知的な生物がいたら」といった仮定は、天体観測技術の発展・さらには火星探査機の打ち上げなどにより科学的には否定され、ファンタジーやパロディ的作品の設定として利用するか、その仮定を成立させるためのバックグラウンドの構築をともなうことでしか成立しなくなった。
逆に、手塚治虫らがSF的設定として描いた「人間の接近を関知して自動的に開閉する扉」は、現代では街角の常識的な風景(自動ドア)となっており、未来技術を演出するSFの小道具ではなくなった。
また、コンピュータの進歩によってサイバースペースやAIを小道具に使ったり、バイオテクノロジーやナノテクノロジーなどの最新の研究やその発想を押し進めたSFも書かれている。古典的なSF
古典的なSFでは、世界や科学技術に対して「もし~だったら」という仮定を置いて、科学的な考察をベースにしてその世界を舞台とした出来事を書いた小説を指した。SFの発展
だが、すでに1920~30年代からSF作家達は、そのような架空の世界に楽天的な空想をはせるだけではなく、科学技術の急速な進歩とその悪用に対して倫理的な歯止めが必要であるとの認識も示していた。
死んだ人間の首から上だけを人工的に復活させるグロテスクな技術を描く『ドウエル教授の首』などがそうであり、さらに第二次大戦後には、科学技術による全体主義的管理社会を描いた「アンチ・ユートピア(ディストピア)」ものの代表作『1984年』も書かれた。道具立ての変遷
SFの道具立て(ガジェット)は、科学技術の進歩に伴って変遷する。