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世界的ヴァイオリニスト、ヤン・クーベリックの長男としてチェコのビーホリーに生まれた。 プラハ音楽院でヴァイオリン、作曲、指揮を学び、1934年に卒業すると、同年チェコフィルハーモニー管弦楽団を指揮してデビュー。1936年にはチェコフィルの指揮者に就任。1942年には主席指揮者になるも、1948年にチェコで社会主義クーデターが発生。チェコの共産化に反対したクーベリックは同年のエディンバラ音楽祭への参加のため渡英するとそのままイギリスへと亡命した。1950年から1958年までシカゴ交響楽団、コヴェント・ガーデン王立歌劇場音楽監督を歴任。1961年には手兵となるバイエルン放送交響楽団の主席指揮者に就任。1979年までその任をつとめる。1973年にはスイス国籍を取得。1986年に作曲に専念するために引退した。
しかし、1989年のチェコが民主化を契機に翌年の「プラハの春」でチェコフィルを指揮しスメタナの『我が祖国』の歴史的名演を行ない復活する。チェコフィルより終身名誉指揮者の称号を貰う。翌年の「プラハの春」ではドヴォルザーク交響曲第9番『新世界より』を指揮し、来日公演も行なった。
1996年8月11日にスイスのルンツェンでこの世を去った。
ドイツ音楽を得意とし、主な録音には、モーツァルト後期6大交響曲、ベートーヴェン交響曲全集、シューマン交響曲全集、ブラームス交響曲全集、マーラー交響曲全集、ドヴォルザーク交響曲全集、ブルックナー第3番、第4番、スメタナ『我が祖国』等がある。