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フェルッチオが自動車製造に進出するきっかけになった事件として、以下のような話が伝わっている。
トラクターの製造販売で財を成したフェルッチオは、当時のイタリアの成金の例に漏れずフェラーリを購入。そのフェラーリが故障した際に、送られてきたパーツがランボルギーニトラットリーチ社で使っていた部品と同じ上に、10倍の値段が付いていた事に激怒。フェラーリに乗り込み苦情を言ったが、成金の戯言と鼻であしらわれ、自身で自動車の製造販売に乗り出すと決意。(他には、この部品をこの値段で買う顧客がいるならいい商売になる、と思いカービジネスを思い立ったという現実的な説もある)自動車フェラーリを買う顧客をターゲットにアウトモビリ・ランボルギーニSPAを設立した。
事実の程は定かではないが、彼が若い頃から熱心なカーマニアで、一時はチューニングカーガレージの経営にまで手を染めていた点や、当時のフェラーリ・ストラダーレの品質は決して高くなかった点、フェラーリの販売台数が年間5000台近い規模に膨らんでいた点などを考えれば、全くの的外れとも言えないであろう。「レースには出ない」と言う社是も、単なる車好きではない、実業家としてのフェルッチオからすれば当然だったのかも知れない