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神奈川県横浜市出身。本名は猪木寛至(いのき・かんじ)。今日の日本のプロレス史を語る上で、力道山、ジャイアント馬場と同じく欠かせない人物である。リングネームの由来はブラジル帰りを強調するためという説と、師であった力道山の命名であるとの説がある。キャッチフレーズは「燃える闘魂」、アナウンサーの舟橋慶一氏の命名である。得意技は卍固め、コブラツイスト、延髄切りで、テーマソングである「猪木ボンバイエ」は、元々モハメド・アリの伝記映画の曲であったが、猪木と対戦したアリが猪木に贈り、アレンジしたものである。ちなみに「ボンバイエ」とは、ザイール語で「ぶっ潰せ!」などを意味する。
| Table of contents |
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2 纏わる話など 3 主な戦歴 4 通算成績 5 外部リンク |
歴史、近況
纏わる話など
主な戦歴
1960年9月30日、大木金太郎に逆腕固め負け。
1966年11月19日、ジョニー・バレンタインと対戦し、勝利。US王座獲得。
1967年10月31日、ジャイアント馬場と組み、ビル・ワット、ターザン・テイラー組に勝利。インターナショナル王座獲得。
1971年3月2日、ジョン・トロス戦に勝利。UNヘビー級王座を獲得。
1972年10月4日、カール・ゴッチと対戦、勝利世界ヘビー級王座を獲得。
1974年6月2日、タイガー・ジェット・シンと対戦し、相手の腕を折る。
1975年6月26日、モハメド・アリと対戦、時間切れ引き分けに終わる。
1977年8月2日、空手の世界チャンプであった、ザ・モンスターマン(エベレット・エディ)と対戦、KO勝ち。
1980年2月27日、極真空手所属のウィリー・ウィリアムスと対戦、ドクターストップの無効試合となる。
1983年6月2日、ハルク・ホーガンと対戦、アックス・ボンバーによりKO負け。
1985年4月18日、ブローザー・ブロディーと対戦、両者リングアウト。
1986年6月17日、アンドレ・ザ・ジャイアントと対戦、ギブアップ勝ち。
1988年7月22日、長州力と対戦、フォール負け。
1992年1月4日、馳浩と対戦、卍固めで勝利。
1994年5月1日、グレート・ムタと対戦、フォール勝ち。
1998年4月4日、ドン・フライと対戦、グランド・コブラで勝利。
通算成績
外部リンク
アントニオ猪木オフィシャルホームページ