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崇峻天皇(すしゅんてんのう、?年 - 592年)は、第32代天皇。在位587年8月2日~592年11月3日。
欽明天皇の第12皇子。母は蘇我稲目の娘である小姉君で、敏達天皇、用明天皇、推古天皇の異母弟にあたる。蘇我馬子によって推薦され即位した。物部氏の没落によって欽明天皇以来の崇仏廃仏論争に決着が付き、法興寺(飛鳥寺)や四天王寺などの、造寺事業を積極的に行った。しかし、即位したあとでも政治の実権は常に馬子が握っており、次第に不満を感じるようになった。592年10月4日に、猪を献上する者があった。天皇は笄刀を抜いてその猪の目をズブズブと刺し、「いつかこの猪の首を斬るように、自分が憎いと思っている者を斬りたいものだ」と発言。そのことを聞きつけた馬子が、天皇は自分を嫌っていると警戒し、部下に暗殺するよう命令を下した。そして東国の調を進めると偽って天皇を儀式に臨席させ、その席で東漢直駒(やまとのあやのあたいこま)の手により暗殺された。臣下により天皇が殺されたのは、日本史ではこれが唯一の例である。また、崩御したその日に葬ったことと、陵地・陵戸がないことも、他に例が無い。
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