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中華民国期には、中国国民党と、時に協力し(1924年の第一次国共合作)、時に敵対し(1927年の蒋介石による4・12クーデター(上海クーデター)により国共分裂)、軍閥および日本との戦いを続けた。
当初は、コミンテルンの指導が強く、また、ソ連への留学生が中国共産党の指導者であったこともあり、中国の現状や特殊性(都市よりも農村)を理解していないコミンテルンの指導に忠実に従ったために、第一次国共合作に固執しすぎたり、また、国共分裂後は、極左冒険主義に走りすぎ、一方で並行して、中国国民党からの熾烈な白色テロの標的ともなったため、中国国民党と比較しても、十分な抵抗勢力とはなりえなかった。
しかし、1934年からの長征中に開催された遵義会議(1935年)において毛沢東の指導権が確立したのちは、むしろ、中国国民党よりも強大な勢力となり、1936年の西安事件(西安事変)をへて、1937年に第二次国共合作を成立させ、日本を中国大陸から駆逐し(1945年)、ついで、国共内戦により中国国民党を駆逐し、1949年には、中華人民共和国を建国した。