二十六聖人の殉教は慶長元年12月29日(グレゴリオ暦1597年2月5日)、豊臣秀吉の禁教令によって26人のキリシタンが処刑された事件。
26人の内訳は、日本人が20人、スペイン人が5人、ポルトガル人(とインド人のダブル)が1人であった。彼らは耳と鼻を削がれ、洛中(京都)を引き回された。その後長崎西坂にて十字架に縛られ槍で刺され殺された。この模様は当時長崎にいたルイス・フロイスによって記録された。
なおこの処刑は後年ローマへ伝わり、処刑された26名はローマ教皇によって殉教者とされた。以降「ニ十六聖人」と呼ばれる事になる。
殉教した地は現在公園となり、その公園には記念館とレリーフがある。
26聖人の名前
- 聖フランシスコ吉
- 聖パウロ鈴木
- 聖コスメ竹屋
- 聖ガブリエル
- 聖ペトロ助四郎
- 聖ヨハネ絹屋
- 聖ミカエル小崎
- 聖トマス小崎
- 聖トマス談義者
- 聖ディエゴ喜斎
- 聖フランシスコ医師
- 聖パウロ三木
- 聖ヨアキム榊原
- 聖パウロ茨木
- 聖レオ烏丸
- 聖ボナベントゥラ
- 聖ヨハネ草庵(五島)
- 聖マチアス
- 聖ルドビゴ茨木
- 聖フランシスコ・デ・サンミゲル
- 聖アントニオ
- 聖フランシスコ・ブランコ
- 聖マルチノ・デ・ラ・アセンシオン
- 聖ペトロ・バプチスタ
- 聖ゴンザロ・ガルシア
- 聖フィリッポ・デ・ヘスス
参照日本のキリシタン一覧