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二つの聖句の著しい変造に関する歴史的記述

内容

この本は、ヨハネ第一 5章7節およびテモテ第一 3章16節に関して、古代の資料から入手し得る
聖書原典上の証拠すべてを再調査したものである。

ジェームズ王欽定訳聖書によれば、ヨハネ第一 5章7節は次のようになっている。

「天において記録を帯びるものは三つ、父と言葉と聖霊である。この三つは一体である」。

ニュートンは、初期の教会関係者の著作、ギリシャ語およびラテン語の写本、そして聖書の各初版の証拠を用いて、三位一体を支持するとされる、『天には父と言葉と聖霊がある。この三つは一体である』という言葉が霊感を受けたギリシャ語聖書原本に見られないことを証明している。彼はさらにラテン語版に偽の異文が入り込んだいきさつをたどり、それがまず欄外の注として付され、後にはそれが本文そのものの中に入り込んだことを明らかにした。そして、ヒメネス枢機卿が、ラテン語から改訂された後代のギリシャ語写本を根拠として、1515年に初めてこの語をギリシャ語本文の中に取り入れたことをも示した。最後にニュートンはその聖句の意味と文脈に論及し、次のように締めくくっている。「ゆえに、意味しているところは平明かつ自然であり、論議は十全かつ強力である。しかし、『天にいる三者』」の証しをそう入するなら、この聖句の流れを中断し、台無しにしてしまう」。

この論文の中で、テモテ第一 3章16節に関する記述は比較的短いものであるが、その聖句は(ジェームズ王欽定訳聖書によると)次のとおりである。

「げに大いなるかな敬虔の奥義。神は肉にて現され、霊にて義とされ、み使いたちに見られ、諸国民に宣べ伝えられ、世にあって信じられ、栄光のうちに上げられ給えり」。

ニュートンは、ギリシャ語本文のちょっとした改ざんによって、どのようにして「神」という言葉が挿入され、「神は肉体にて現され」と読めるようになるかを示している。そして、この聖句に言及した初期の教会関係の著述者たちが、そのような改変について一切関知していなかったことを明らかにしている。

両方の聖句を要約して、ニュートンはこう述べている。「宗教上の最も大きな秘義について論じ合い、決定を下した際、古代の教会がこの聖句について全く知らなかったのであれば、その討論が終わってしまった今、どうしてそうした聖句をそれほど好んで使わねばならないのか理解しかねる」。 アイザック・ニュートンがその論文をまとめてから200年余りの間に、彼の提示した証拠に筆を入れねばならなかった箇所は、ささいな点に関するものが数か所あったにすぎなかった。ところが、これらの聖句を訂正した聖書翻訳がようやく現れたのは、19世紀になってからのことであった。

時代背景

英国では、三位一体の教理に反する事柄を書く人々は弾圧されていた。1698年になってからも、冒涜・涜神禁止条例は、三位一体の一位格を神とみなさないことを、初犯の場合には地位、職業、収入のはく奪、再犯の場合には懲役刑に当たる罪としている。ニュートンの友人ウイリアム・ホイストン(ヨセフスの著書の翻訳者)は、1711年にその理由でオックスフォード大学の教授職を失った。1693年には,三位一体を攻撃するパンフレットが上院の命令で焼かれ、翌年その印刷業者と著者が弾圧された。1697年にはスコットランドのエジンバラで、トーマス・エイケンヘッドという18歳の学生が、三位一体を否認したかどで絞首刑になった。






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