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トヨタ自動車(とよたじどうしゃ)株式会社は、日本最大の自動車メーカー。
| Table of contents |
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2 経営 3 開発思想(80点主義) 4 技術力 5 販売戦略 6 現行車種 7 過去の生産車種 8 関連会社 9 その他の関連 10 関連項目 11 外部リンク |
沿革
豊田佐吉(1867年(慶応三年)~1930年)が創業した豊田自動織機製作所(現在の豊田自動織機)に、1933年9月に開設された自動車部が起源である。この設立の中心になったのは、豊田佐吉の息子である豊田喜一郎(1894年~1952年)である。
織機製作における鋳造・機械加工技術等のノウハウを活かし、研究期間を経て1935年に自動車製造を開始。
1937年(昭和12年)に独立した新会社「トヨタ自動車工業株式会社」が設立された。
戦後の1950年、販売強化のためにトヨタ自動車販売株式会社(「自販」と略された)が設立され、以後生産開発担当の「自工」と共同歩調を取ってきたが、1982年に両者は合併、現在のトヨタ自動車株式会社となった。
2003年3月末集計における従業員数は65,551人、連結会社の合計は 264,096人で日本最大、世界では第三位の企業規模である。
経営
「カイゼン(改善)」、ジャストインタイム (JIT) 、
トヨタ生産方式(看板方式)等で世界的に知られた生産・経営のノウハウを持つ。
開発思想(80点主義)
開発に6年を費やして1962年に発売された700ccの小型大衆車・初代パブリカは、基本コンセプトとして低廉化・経済性を実現するため、徹底して合理的に設計され、実用車としての完成度は高かった。しかし、「せっかく購入するのだから少々高くても」という消費者心理を掴み切れず販売は不振であった。この不振を分析し、ラジオやヒーター等を装備したデラックスモデルを加えた結果、販売台数は増加した。
これを踏まえて、トヨタの80点主義と呼ばれる思想が生まれる。
80点主義とは、1966年に発売された初代カローラの開発主査である長谷川辰雄が打ち出した考え方である。商品の完成度を高める一方で、一部の飛び抜けて優れた機能や性能を追いかけることなく、まず最初に万人受けのする及第点の80点を目指し、及第点に達したのち更に上の点数を順次達成していくトータルバランスを念頭に置いた企業思想である。のちに、この80点主義は80点主義+アルファとなり、旧車種や他社への差別化戦略へと移行していく。
この「80点」という言葉が一人歩きし、しばしば反対者の「完璧でない、手を抜いた車作り」という批判に用いられることがある。
技術力
燃料電池車やガソリン-電気方式のハイブリッドカーの開発や、モータースポーツの世界最高峰に位置するF1の参戦など、最先端の技術開発・実用化に取り組んでいる。
創業当初から、日本全国各都道府県の財界有力者に協力を求め、早期に販売網を整備していた。これはアメリカのGMに影響を受けたものと見られる。古くから「販売のトヨタ」と言われ、営業能力の高さには定評がある。現在、日本国内では5系統のディーラー網を傘下に持つ。
1954年に発売された1000ccのSKBトラック(1956年から「トヨエース」と愛称が付いた)は簡素なセミ・キャブオーバー型トラックだが、当時日本国内の市場を席巻していた三輪トラック(オート三輪)へ対抗した商品であり、あえて戦略的に低価格で販売したことで、大きな成功を収めた。これをきっかけに、日本の小型トラック市場は、三輪から四輪に移行することになる。
また、1955年に発売された初代クラウンは、前輪独立懸架や低床シャシーなど、一応ヨーロッパ車並の構成を採った最初の日本製量産車となった。以後クラウンは、国内専用車として独特の発展を遂げ、日本国内の保守的な階層や官公庁用の車両としてドメスティックに定着している。
1960年代以降は、手堅い保守的設計で排気量やボディサイズにゆとりを持たせ、多くのオプションを用意するという戦略で、競合他社を圧してきた。
また、1950年代から品質管理に力を入れてきた。低コストで比較的質の高い製品を作る技術に長けており、故障の少ないことでも定評がある。
1980年代末期には、従来、日本では進出不可能と見られていたアメリカにおいての高級車クラスの乗用車部門でセダンタイプの「レクサスLS」(日本名「セルシオ」)を開発、高級車ブランド「レクサス」を立ち上げて成功した。現在ではBMW、メルセデス・ベンツに迫るブランド力を持ちつつある。
「レクサス」ブランドの成功はメルセデス・ベンツをはじめ、BMW、ジャガーなどの世界の名だたる高級車メーカーに強い衝撃を与え、半ば寡占化状態にあったこのジャンルに VW・日産・ホンダなど、従来大衆車を主力としてきた他メーカーが進出するきっかけを作った。
保守的な商品が多いことで看過されがちであるが、ハイブリッド車や高級SUVなどの新たなジャンルを形成するきっかけを多く作ってもいる。
「レクサスRX」(日本名「ハリアー」)は、高級ラグジュアリーSUVという新たなジャンルを開拓する。これに触発されて、ベンツ・BMW・ボルボ・VW・ポルシェ・日産・キャデラックなどの有名メーカー・ブランドが類似モデルを登場させている。
1990年代後期に発売したヴィッツは、長い間衰退状態だった「コンパクトカー」というジャンルを、空前のブームのもとに復活させるきっかけとなった。
また、プリウスは「21世紀に間に合いました」というキャッチフレーズとともに、世界初量産ハイブリッド車として登場。エコカーという新たなジャンルを形成した。
が、国際的に自動車産業をリードする商品を開発する一方で、しばしば他社が開拓したジャンルに大規模なコピーまがいの物量作戦を行い、そのジャンルの覇権を得ようとする、という批判もある。販売戦略
ブランド
商品展開
日本では、トップのシェアを誇る企業だけに全体的に保守的な商品が多くなっている。が、2003年末にフル・モデルチェンジを行った「クラウン」などのように、大規模な若返りを行う車種も増えてきている。
関連会社
その他の関連
関連項目
外部リンク