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イラク武装解除問題とは、湾岸戦争停戦に際して、停戦条件として国連安保理によって大量破壊兵器の破棄を義務付けられたイラクと、他の諸国の間に生まれた緊張関係を指す。イラク側は、武装解除を監視する国連の武器査察団の持つ問題を指摘、批判し、また申告漏れや隠匿などもあったため、期待されていたような速やかな武装解除が行われなかった。
武装解除の対象となるのは、生物兵器、化学兵器、核兵器、射程150km以上のミサイル、およびそれらの武器を製造するための設備や資材である。
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湾岸戦争は、イラクがクウェートに侵攻したことがきっかけとなって、1991年、多国籍軍によるイラクの爆撃などが行われたもので、この際の停戦条件として提示された、国連決議687に、生物兵器、化学兵器、などを含む大量破壊兵器を破棄し、研究・開発プログラムや製造設備なども廃棄するという条件が含まれていた。
イラクは、湾岸戦争に先立つイラン・イラク戦争(1980年-1988年)においてマスタード・ガス、神経ガスなどをイランや自国民のクルド人に対して使用したとされる。また、湾岸戦争中にも化学兵器や生物兵器をミサイルに装填したとされる。(アメリカによる警告が行われ、使用には至らなかった。)
武装解除が行われていることを確認するために、いわゆる武器査察団と呼ばれる専門家のチームがイラクを訪れ、関連の技術者に対するインタビュー、貯蔵、製造に関わると考えられる施設への訪問調査などを行った。
武器査察団は、生物兵器や化学兵器などについては国連大量破壊兵器廃棄特別委員会(UNSCOM)が、核兵器については国際原子力機関(IAEA)が担当した。
イラク側は一旦は査察を受け入れたものの、1997年以降、様々な形で妨害や協力の拒否などを行い、1998年には査察団の排除を行った。これは翌99年、砂漠の狐作戦と呼ばれるアメリカ、イギリスなどを中心とした多国籍軍による武力制裁につながった。
その後、しばらくは表面的には平穏が保たれたが、2000年のアメリカ合衆国大統領選挙でジョージ・W・ブッシュ氏が大統領に選出。
さらに、2001年9月11日のニューヨークなどにおける同時多発テロ事件以後、テロリストの手に大量破壊兵器が渡ることを恐れたアメリカ合衆国はイラク等に対して悪の枢軸発言を行い、対立が激化した。
その後、2002年11月に安全保障理事会の席上で、国連決議1441を定め、イラクへ再び査察を受け入れるように圧力を加えた。イラクは4年ぶりに査察を受け入れた。また、同決議の第3項が定めるところに従い、イラクは武器申告書を査察団に提出した。これはイラクが1,2000ページにのぼる膨大な文書だが、内容はそれ以前に提出された文書のつぎはぎだとの指摘もあり、アメリカ側は独自の情報源を根拠に申告漏れがあるとの批判を行った。
2003年1月9日には、武器査察を行った国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)とIAEAから安全保障理事会への中間評価の報告があった。これまでのところ、イラクが国連決議に違反したと疑われるような証拠、痕跡はないとされた。(但し、申告書が新しい情報を提供しなかった点についての批判もなされた。)また、UNMOVICのハンス・ブリックス委員長は英米などからの情報の提供を歓迎するとも述べた。両国はこの時期、イラクが国連決議に反しているとの指摘を公の場で行っている。アメリカの国務省長官、コリン・パウエルはアメリカが査察団に対して情報提供を行うことを表明した。
1月16日には化学兵器を搭載するためのミサイル12基が発見される。これは申告書に掲載されていなかったものと考えられた。同様の発見が別件であったことが2月12日にも発表された。
2003年2月5日には、イラクが大量破壊兵器を隠し持っていることを示す証拠をアメリカ側が国連安保理にて提示した。(パウエル報告)この報告の信憑性については評価が大きく分かれている。
2月14日、査察団の報告が再び行われた。報告では武装解除の進展を積極的に評価しつつも、査察が完了しておらず、まだ時間が必要であることが示唆された。2月28日と3月7日には中間報告書が公表されるが、ここでも非難、賞賛どちらか一方の論調はとられなかった。
アメリカ合衆国側は査察は不十分として、戦争をも辞さないとする新決議を提案。フランス等は、査察は成果を挙げているのだから、継続すべきと主張。安全保障理事会でも議論が積み重ね、途中チリなどが、修正案も提示したが、アメリカ合衆国は断固拒否した。
耐えかねたアメリカ合衆国は2003年3月17日(アメリカ時間)に、テレビ演説を通じて、イラクに対して最後通告を出したが、イラクは通告を無視。3月19日米英軍による空爆を開始し、イラク戦争へと突入した。
イラク戦争の公式の目的として、サダム・フセイン政権の打倒、イラクの人々の同政権の圧政からの解放などと共に、イラクの武装解除がしばしば挙げられた。また、特に初期段階においては、イラクの首都バグダッドなどへ進攻するにつれ、イラクによって密かに保管されていた大量破壊兵器が発見される、あるいは関連設備が発見されるといった形でアメリカが主張してきたイラクの武装解除義務違反が裏付けられるだろうとの見方が米国政府関係者などによっても示された。
だが、ブッシュ大統領による戦争終結が宣言される時点まで、そのような発見がないままに終わった。これについてはイラク側による証拠隠滅、破壊工作などが行われたとする見方と、イラクに武装解除義務違反があるとするアメリカの主張が誤りだったとの見方とがある。
外務省
BBC News
事態の推移
湾岸戦争とその停戦
査察の難航と砂漠の狐作戦
査察の再開と難航
イラク戦争
関連記事
関連サイト
イラク情勢(平成15年3月)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/iraq/josei.html
イラクの何が問題なのか(平成14年10月)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/iraq/mondai.html
イラクを巡る情勢の経緯及び現状(平成15年3月)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/iraq/98/kei.html
イラク問題に関する国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)の概要(公表日不記載)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/un_cd/gun_un/unmovic_gai.html
スコット・リッター (元UNSCOM主任査察官)
兵器とレトリックと迫り来るイラク戦争:イラク戦争はアメリカの戦争
http://www.ribbon-project.jp/SR-shiryou/shiryou-02.htm
United Nations Monitoring, Verification and Inspection Commission
Documents
http://www.un.org/Depts/unmovic/documents/docslist.htm
国連監視検証査察委員会による武器査察の報告書を始め、関連文書が公開されている。
"Timeline: Iraq weapons inspections"
Monday, 18 November, 2002, 17:06 GMT
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/2167933.stm
Guardian Unlimited
"Timeline: Iraq"
(公表日不記載)
http://www.guardian.co.uk/Iraq/page/0,12438,793802,00.html
ニュースリソース