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| Table of contents |
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2 歴史 3 接続路線 4 駅一覧 |
路線の概要
区間
施設
歴史
名寄本線は、北海道鉄道敷設法に規定する「天塩国奈与呂ヨリ北見国網走ニ至ル鉄道」の一部であり、道央とオホーツク海沿岸方面を結ぶ幹線鉄道として建設されたものである。
湧別軽便線(ゆうべつけいべんせん)の延長として、1915年に野付牛(現在の北見)方面から社名淵(後の開盛)へ延長された路線を嚆矢とする。国有鉄道の軽便線は、軽便規格とはいいながら他路線と同じ軌間1067mmで建設されたが、湧別軽便線だけは、軌間762mmであった。翌年(1916年)には、軌間1067mmに改軌されたが、私鉄買収線を別にすれば国有鉄道が軌間762mmで建設した唯一の例である。この年、社名淵~下湧別(後の湧別)間が軌間1067mmで延伸開業し、全通。1922年に軽便鉄道法の廃止により湧別線に改称された。
一方、名寄~中湧別間は、名寄線として難所であった石北峠を避けて名寄方、中湧別方双方から建設が進められ、1919年から1921年にかけて全線が開通した。1923年に支線(渚滑線)の開業にともない名寄本線に改称している。
しかしながら、1932年に石北峠を克服して石北線が全通すると、湧別線は遠軽を境に分割され、遠軽~下湧別間は名寄本線に、遠軽~野付牛間は石北線に編入された。同時に、名寄本線は幹線鉄道としての役目を石北線に譲ることとなった。
1980年に国鉄再建法が成立すると、第2次特定地方交通線に指定されたが、冬季の代替輸送に問題があるとして他の3線(天北線、池北線、標津線)とともに一時、廃止承認が留保された。しかし、結局1985年に問題がなくなったとして追加廃止承認され、国鉄分割民営化後の1989年に廃止された。
支線:中湧別駅 - 四号線駅 - 湧別駅
名寄線
湧別線
両線統合後
接続路線
駅一覧
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