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天智天皇(てんじてんのう)は、第38代に数えられる天皇。国風諡号は天命開別尊(あめみことひらかすわけのみこと)。中大兄皇子、幼名を葛城皇子という。舒明天皇の皇子で、母は皇極天皇。中臣鎌足らと謀って蘇我入鹿など蘇我氏を滅ぼしたあと、叔父の孝徳天皇を立てて自らは皇太子となる。そして大化という元号を制定し、さまざまな改革を行った(大化の改新)。孝徳天皇崩御後も長い間皇位に就かずにいたが、白村江の戦いで大敗を喫した後、大津へ遷都してそこで即位した。天智天皇は死に臨んで、息子の大友皇子に皇位を継がせたいと思ったが、崩御後に起きた壬申の乱により、弟の大海人皇子が勝利して即位した(天武天皇)。しかし、天武の系統の天皇は孝謙天皇(のち称徳天皇として重祚)までで、光仁天皇以降の天皇は、すべて天智の系統である。
天智天皇の歌は、小倉百人一首に採られ、冒頭に置かれている。大海人皇子から額田王を奪ったという話も有名。