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処女懐胎

処女にして、つまり男と交わること無しに、妊娠する(胎児を身ごもる)こと。
単性生殖は生物界では良くある。すでに結婚した女には使われない。また、今日では人工受精による妊娠が可能だが、母親に男性経験がない場合でも、処女懐胎とは言わない。
そこには、超自然的な力の関与が不可欠であり、概して神的な力の介入と結びつけられる。
一般には、キリスト教新約聖書に記された奇蹟の一つを指す。

マリアの懐胎

マリアの処女懐胎が記述されているのは、新約の福音書中では、マタイによる福音書ルカによる福音書である。どちらも聖霊により身ごもったとしている(マタイ伝 1:20、ルカ伝 1:35)。ユダヤ社会には処女を神聖視する伝統はなく、また、両者が参考にしたマルコ福音書や、またパウロの書簡、ルカ伝を確実に知っていたヨハネ福音書にも言及が無いため、これは後代の加筆とする説が有力らしい。その場合、処女受胎はローマを含む地中海世界や東方の神話・宗教からの影響であるという。

単に神の奇跡として表現された「処女懐胎」が、キリスト教が広まるに従って処女そのものを聖視する宗教観や処女を重んじる倫理観につながった、と考えることもできる。ユダヤ社会は性にことのほか敏感で(レビ記 15:)、出産にまでも穢れを感じるようであったから(同 12:)、神の子が生まれるには、それ以外の方法は考えられなかったのかもしれない。

マタイ伝では天使の告げる言葉が、ギリシア語である七十人訳のイザヤ書からそのまま引用されている。即ち、「見よ、乙女が身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる」(マタイ伝 1:23、イザヤ書 7:14)。この箇所の「乙女」は「若い娘」の「誤訳」であるといった話が、キリスト教を揶揄する際に好んで口にされているようだが、問題はそれ程単純ではない。

そもそも七十人訳は、キリスト教の生まれる以前の紀元前3世紀から前2世紀にかけての翻訳作業であって、キリスト教とは関係が無い。また、該当箇所のヘブライ語アルマー alma には、「若い娘」と「乙女」両方の意味があり、これは解釈の問題であって「誤訳」ではない(実際、ヘブライ原典から訳された新共同訳は「おとめ」を採用している)。

英語で大文字の the Virgin(処女)は聖母マリアを指す。
(なお、アメリカの州のひとつ「バージニア」はイギリスの「処女王」エリザベス1世に由来し、聖母マリアとは無関係である)

関連項目





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