|
|
大平 正芳(おおひら まさよし、1910年3月12日 - 1980年6月12日)は、日本の政治家。第68・69代内閣総理大臣。
香川県生まれ。旧制東京商科大学卒業後、大蔵省に入省。大蔵省時代の上司だった池田勇人の誘いを受けて1952年に自由党公認で衆議院議員に初当選。以後、当選11回。宮沢喜一・黒金泰美らと池田勇人側近の秘書官グループと呼ばれた。
第一次池田内閣で官房長官に就任したのを手始めに第二次佐藤改造内閣で通商産業大臣・第一次/第二次田中内閣で外務大臣・第二次田中改造内閣で大蔵大臣を歴任。また自民党政調会長も務めた。派閥政治家としては1970年総裁選直後に宏池会会長に就任、死去まで率いた。
「三角大福」の争いだった1972年総裁選では3位につけ、その後も田中角栄と盟友関係が続くことになる。1978年に福田赳夫首相に挑戦する形で総裁選に出馬。予備選挙で550,889票を獲得し福田(472,499票)を破る。直後に第68代内閣総理大臣に就任。しかし、大平を支える田中派など党主流派と福田前首相を支持する三木武夫ら党内反主流派との党内軋轢はその後も続き、1979年総選挙で自民党が現有議席を割り込む敗北を招いてから抗争が表面化。直後の首班指名選挙では反主流派が福田に投票するなど党内は分裂状態になり、翌1980年5月16日には社会党が提出した内閣不信任案が反主流派の欠席によって可決。ハプニング解散となり、憲政史上初めて衆参同日選挙が行われる事態を招来した。同日選の第一声を挙げた翌日の5月31日に体調を崩して入院、6月12日に心筋梗塞で急死した。