|
|
天安門事件(てんあんもんじけん)とは、1989年6月4日に中国北京市において、天安門広場に集結していたデモ隊が人民解放軍により鎮圧された事件、あるいは、この鎮圧に先立ってなされた学生や知識人らの民主化を求めるデモ活動を包括していう。
天安門広場では、胡耀邦の追悼集会を契機として、1989年4月ごろから学生が民主化を求めてストライキを始めたが、当初は学生だけの問題と報道され、中国国内でも重要視されなかった。この活動が全国的に広がっていったのは、天安門広場でカンパを集め始めたころからであり、天安門広場は、次第に意見を自由に発表できる場へと変貌していった。事態を重くみた当局は6月4日、ついに軍事力でこのデモを鎮圧した。中国政府の発表によれば、天安門事件による死者は319人に上る。
天安門事件の経過は世界各国で報道され、当時の中国国内における政治的自由のあり方などをめぐって、様々な議論がなされた。また、中国政府内でも、当時の中国共産党総書記である趙紫陽がデモ隊に同情的な発言をして失脚するなど、権力闘争の契機となった。