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| Table of contents |
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2 政治 3 経済の発展 4 文化 5 総括 |
室町時代は一般的に旧勢力の没落と新勢力の興隆の時代として捉えることができる(→下克上)。その初期、古代的な天皇親政を理想とする後醍醐天皇と現状重視の尊氏を中心とした勢力が対立した(南北朝時代)。その後、義満の時代に国内は安定したものの、応仁の乱をへて全国動乱の時代(戦国時代)を迎え荘園制度が崩壊して新秩序が成立した。
室町幕府は守護大名による連合政権であり、幕政は原則的に合議制であって将軍と言えども守護大名の意見を無視することはできなかった。管領(→三管・四職)と呼ばれる有力守護大名が、将軍補佐として中央政治を担当した。
応仁の乱以降、将軍の権威が失墜すると細川氏以外の三管四職も没落し、さらに室町時代中期に至って細川氏の勢力が減退すると室町幕府の諸制度は形骸化していった。
その間、国人と呼ばれる在地支配層が台頭し互いに整理統合されながら、強力な戦国大名が成長し、これが群雄割拠して幕府支配に取って代わった。
国人などの新勢力を育てた背景には、生産力の向上と商品経済の発達が上げられる。有力農民の経済力向上は惣と呼ばれる自治組織を成立させ荘園制度は浸食されていった。さらに戦国大名は座・株仲間による商業独占体制を嫌って楽市楽座を奨励し新興商人の育成を図った。
こうした新勢力の伸張は、山城国一揆・加賀一向一揆・堺の自治をもたらしもした。
室町時代は北山文化東山文化が花開き、現代に至る日本文化創世の時代でもある(→茶の湯・能楽・書院造)。
室町時代は、終始、戦乱と無秩序に支配され続けたが、鎌倉時代以前には見られない、出自不明の農民・商人層の社会進出を可能とし、日本史上、初めて人間の顔が見える人物を登場させた時代でもある。
変遷
政治
経済の発展
文化
総括