大正天皇との夫婦仲は至って良好で、慣例を打ち破って夫の身辺の世話を自ら見たという。后腹の皇子四人は稀有の例というべきである。天皇の死後、貞明皇后は日課の如く、午前中の大部分を天皇の画像を安置した部屋で過ごし、「生ける人に仕えるよう」な有様だったと、皇后所生の秩父宮が証言している。
なお、追号の「貞明」は、『易経』にある「日月の道は貞(ただ)しくして明らかなり」の一文を出典とする。