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ここでは手動写植機について扱い、電算写植は別記事を参照されたい。
| Table of contents |
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2 構造 3 級数制 4 写植文字 5 特徴 6 関連用語 |
開発
写真植字機は、石井茂吉と森澤信夫という二人の日本人によって実用化された。なお、この二人が出会ったのが星製薬(星新一の父である星一が経営、のちに星新一も関わっている)である。その着想以外、すなわち技術の面においてはすべて日本人の手になる(技術の輸入ではない)発明である。
1924年にプロトタイプが完成、特許申請し、翌1925年に特許が成立。1929年に世界で初めて実用機が完成した。 開発にあたっては、石井が写植文字の文字盤を、森澤が装置部分の開発を主に担当したとされる。当初は活字の字形をそのまま流用していたが、のちに平版オフセット印刷の特性を考慮した、いわゆる写植文字の開発・改良がなされていく。この二人は後にそれぞれ写研とモリサワという、業界をリードする2大企業を設立し、引っ張っていくことになる。
英語ではPhotoTypeSetttingMachineといい、第二次世界大戦後に英語圏でも独自に実用化されたが、日本メーカーによる手動写植機がそれぞれの言語向けに開発され、輸出された。
(以下未稿。詳しい方お願いします。)
写真植字においては、一つの文字盤からあらゆるサイズの文字が出力できるため、欧文組版のように、多彩な書体を用意することが可能になった。本文用の文字を大きく拡大して使うと痩せて見えたり、逆に縮小するとつぶれてしまうことから、さまざまな太さ(ウェイト)の書体が追加設計された。ウェイトの考えは欧文においては活字時代から存在したが、和文では写植の登場によって実現したと言える。活字時代は、それぞれの文字サイズに合わせたデザインがなされており、それは現代で言うウェイト/ファミリー構成ではなく、明らかに骨格を異にする別書体であった。現在ではモリサワが、かつての秀英舎の明朝体の3号活字・5号活字をDTP用フォントとして復刻しているのでそれを参照すると、違いが分かる。(モリサワの復刻書体は、3号・5号それぞれの明朝を整理して、ウェイト別のファミリー構造にしている)
日本のタイプフェイスデザインは、手動写植全盛時代に大きな発展を遂げ、現在もその流れの延長上にある。文字盤は写植の命とも言える部分で、非常に高価であった。各メーカーは、自社の文字盤を他社製写真植字機で使用するのを禁じている例が多かったが、実際には複数の会社からリリースされている書体が混植されている印刷物も多かった。文字盤の形状を他社と変えることで互換性が無いようにしてあるとき、載せたい機械よりも小さい場合にはそのまま載せたり、文字盤に補助フレームを取り付けたりして対応できた。また逆に大きすぎる場合には、文字盤を細工していた例もあるという。
当初は文字のサイズはあらかじめ定められた倍率にしかできなかったが、JQレンズの登場によって中間の値を指定できるようになり、デザイナーの要望に応えられるようになった。
写植機の操作は版下の作成に直結するので、平版オフセット印刷工程において工数の減少につながった。しかし一方、文字の訂正が必要な場合、版下を薄く切り取って貼り替えるという作業が必要になり、行単位で少しずつずれるような場合には大変な労力を必要とした。ただしこの欠点はデータの状態で組版結果を保存することで訂正を容易にする電算写植において解消された。
DTPに完全に駆逐されたかに見える技術だが、現在でも一部では手動写植機が現役で活動している。構造
機械装置としての写真植字機は、
などで構成される。級数制
写植における文字サイズは級数、行間は歯数で指定された。歯というのは、送り装置の歯車一つ分の移動、に由来する。この級数制は、その後の電算写植やDTPの時代にも受け継がれていくこととなる。1級は0.25mmであり、Q(QとはQuarter、つまり1/4mmということ)と略記した。1歯=1級で、Hと略記した。級と歯は同一だが、文字サイズについてのみ級を、長さについてのみ歯を用いるため、混同が少ないという利点がある。また、通常のメートル制の定規があれば、4文字分の長さを測って(ミリメートルの)目盛りを読めば、それが文字の級数となる、という使い方もできる。(ポイント活字、号数活字も参照)写植文字
文字のサイズごとに違う活字を用意せねばならなかった活版印刷では、漢字のように字数の多い言語の組版を行う場合、一書体あたりの専有面積が大きく、また開発や保有コストが高くなってしまう。そのため活版印刷の時代では、たいていの印刷所では明朝体とゴシック体ぐらいしか備えていなかった。特徴
活版と異なり、レンズを使って自由に文字を拡大縮小あるいは変形レンズにより長体や平体などに変化させることができたことや、多彩な書体が使用できたことなどから、組版の自由度が飛躍的に上昇した。また、活版の設備に比して場所を取らず、習熟に必要な期間も短く、また低コストで導入することができた。