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弥生時代の主な出来事

弥生時代の主なできごと
時代 年代 干支 日本の主なできごと 中国
弥生前期 前3世紀頃 北九州に金属器の農機具を使って稲作が行われていた。西日本各地に波及した。北九州で支石墓・甕棺墓が現れる。近畿地方で方形周溝墓がつくられ、各地に広がっていった。 戦国
弥生中期 前1世紀頃 金属器を使っての稲作が関東地方にも伝播していった。縄文式土器の影響を受けた弥生式土器が現れる。近畿地方を中心に銅鐸がつくられる。西日本に青銅製の武器型祭器が使われる。祭祀が行われていた。北九州では甕棺墓が流行し、多数の前漢鏡を副葬する甕棺墓が少数見つかっている。 前漢
紀元前後 この頃、倭人は百余国に分かれて、その中の何国かは前漢の楽浪郡に朝献するという。(『漢書』地理志)
57 倭の奴の国王が後漢に朝貢し、光武帝から印綬を授けられる。(『後漢書』光武帝紀、同東夷伝)筑前国志賀島(福岡市)出土の金印「漢委奴国王」である。 後漢
弥生後期 107 倭国王(倭面土国王)帥升ら後漢の安帝に生口160人
を献ずる。(『後漢書』光武帝紀、同東夷伝 永初1丁未)
後漢
184頃 「中平□年」(中平は、184~188)の紀年名の大刀,奈良県天理市東大寺山古墳から出土。 この頃、倭国乱れ、互いに攻伐し、長い間盟主なし。この後、卑弥呼が共立されて王となる。邪馬台国の女王卑弥呼は、鬼道に仕え、……(『魏志』倭人伝) 後漢
238 戌午 呉の「赤烏元年」の紀年名を持つ画文帯神獣鏡が山梨県西八代郡の鳥居原きつね塚古墳から出土。 三国
239 己未 6月、倭の女王卑弥呼、使いを帯方郡に派遣し、魏の明帝への奉献を願う。帯方郡の太守、使いを魏の都洛陽へ送る。<12月>明帝は詔して、卑弥呼を親魏倭王とし、金印紫綬を授ける。また銅鏡100枚などを授ける。(『魏志』倭人伝 魏景初3年)「景初三年」の紀年名を持つ三角縁神獣鏡が大阪府黄金塚と島根県大原郡の神原古墳から出土。 三国
240 庚申 帯方郡の太守、使いを倭に送り、詔書・印綬をもたらす。倭王、魏の使いに託して、上表する。(『魏志』倭人伝 魏正始1年)
「□始元年」の紀年名を持つ三角縁神獣鏡が群馬県高崎市の芝崎古墳と兵庫県豊岡市森尾古墳から出土。
三国
243 癸亥 倭王、大夫等を使者に、生口・倭錦などを献じる。12月、魏の少帝、使者を送り、印綬を授ける。(『魏志』少帝紀、同倭人伝 魏正始4年) 三国
244 甲子 「□烏七年」の紀年名を持つ画文帯神獣鏡が兵庫県宝塚市の安倉古墳から出土する。呉赤烏7年 三国
245 乙丑 魏の少帝、倭の大夫に黄幢を授け、帯方郡を通じて伝授させることとする。(『魏志』倭人伝 魏少帝7年) 三国
247 丁卯 倭の女王卑弥呼は、狗奴国の男王卑弥弓呼と対立していたが、倭の使者を帯方郡に派遣し、狗奴国との交戦を告げる。魏は使者を倭に派遣し、詔書・黄幢を難升米に与え、檄をつくって告喩する。(『魏志』倭人伝 魏正始8年) 三国
248 戊辰 この頃卑弥呼死ぬ径100余歩の冢をつくり奴卑100余人を殉葬する。男王を立てるが、国中服さず、誅殺しあい、1000余人が殺されたという。卑弥呼の宋女、壱与{いよ(又は台与・とよ)}が女王となり、国中治まる。魏の使者は、檄をもって壱与に告喩する。壱与、倭の大夫ら20人に、魏の使者を送らせ、生口30人、白珠5000孔などを献じる。(『魏志』倭人伝 魏正始9年) 三国
238 戌午 三国
238 戌午 三国


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