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唯物史観

唯物史観(ゆいぶつしかん)とは、マルクス主義歴史学において、経済や科学技術などの物質的な発展に基づいて、人間の歴史における発展や変化を説明する方法である。

唯物史観とは対照的に、他の歴史学は、政治や哲学、芸術、宗教、文化的事象における歴史的または社会的変化を、歴史の発展する原因としている。(マルクス主義者はこれを観念論だと言っている)

資本主義の論理を分析したカール・マルクスは、人間はその歴史的過程における一定の生産関係に入るという考えに基づいて、唯物史観の概念を発展させた。例えばそれは、共同狩猟と食料の採集であり、領主と農奴の関係であり、労働者と資本家の間に結ばれる契約というような概念である。彼は、生産様式、搾取、剰余価値、過剰生産、物神崇拝などについて分析することで資本主義の論理を厳密に考察したのち、社会主義を生産の発展における次の段階であるとした。

マルクスやマルクス主義者の理論によると、歴史の発展過程を以下のように説明する:

  1. 社会の発展は、その社会のもつ物質的条件や生産力の発展に応じて引き起こされる。
  2. 人間は、必然的に一定の生産関係(おおまかに言うと経済的な関係)に入る。それは人間にとって最も重要な社会的関係である。
  3. 生産力の発展に応じて、必然的に生産関係も発展する。
  4. 生産力や生産関係は、人間の意図や意志とは独立して発展する。
  5. 社会の観念的な生産物である文化や制度、いわゆる上部構造は、究極的にはその社会がとる生産様式を表したものである。
  6. 国家は、その種類にかかわらず、支配階級のための権力機構(権力組織)である。言い換えれば、国家とは、ある一階級が自らの支配を安泰にし、自らの好ましい生産関係を社会に強いるための手段である。
  7. 国家権力は、社会的、政治的な革命によってのみ、一つの階級からもう一つの階級へと移行される。
  8. 今ある生産関係の形態がもはや生産力の発展を助けず、その足かせとなるとき、革命がおきる。
狩猟採集社会は、経済力と政治力が同じ意味を持つ組織であった。封建社会では、王や貴族たちの政治力は、農奴たちの住む村々の経済力と関係していた。農奴は、完全には分離されていない二つの力すなわち政治力と経済力に結びつけられており、自由ではなかった。マルクスは、資本主義では経済力と政治力が完全に分離され、政府を通して限定的な関係をもつようになる、と述べた。彼は、国家をこの分離の表われであると受け取った。すなわち、国家はその社会の本質的関係に基づいて起こる階級間の大きな利害の衝突をうまく抑えるために存在する、ということである。

唯物史観という言葉は、弁証法的唯物論と同じ意味で使われることがある。弁証法的唯物論は、マルクスの方法を自然科学に応用したフリードリヒ・エンゲルスによって引き継がれ、まとめられた。両方が同じものかどうかということは議論になった。あるマルクス主義者によれば、唯物史観は特に社会学的な方法である。言い換えると、基本的に、客体だけではなく、少なくとも一つ以上の主体を伴う関係の分析に適しているということである。またソビエト連邦の正統派マルクス主義者の伝統的な理論では、両者の間には違いがないとされている。

関連項目





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