Guajara in other languages: Spanish, Deutsch, English, French, Italian ...



奥羽越列藩同盟

奥羽越列藩同盟(おううえつれっぱんどうめい)は、戊辰戦争中に陸奥国(奥州)、出羽国(羽州)、越後国(越州)の諸藩が、明治新政府の東北地方への進出に対抗して結んだ同盟のことである。

1868年、新政府に会津藩追討を命ぜられた仙台藩・米沢藩をはじめとする奥羽14藩は、白石で列藩会議(閏4月11日、以下月日は旧暦による)を開き、会津藩赦免の嘆願書を仙台に滞在する新政府の奥羽鎮撫総督九条道孝に提出したが、却下された。

そこで、14藩は閏4月23日新たに11藩を加えて奥羽同盟を結び、さらに5月3日に北越6藩を加えて合計31藩で奥羽越列藩同盟を結成した。この間、5月1日に松島に新政府軍の佐賀藩、小倉藩の兵が上陸し、仙台城下に迫ったので、5月18日、仙台藩は九条道孝を解放。九条ら一行は同盟に加わりながら、朝敵となることを恐れた久保田藩(秋田藩)に迎えられた。

奥羽越列藩同盟は、6月に輪王寺宮(のちの北白川宮能久親王)を総督に迎え(天皇に推戴したという説もある)、白石を公議所として政府軍の征討の標的とされていた会津藩・庄内藩と連携して新政府軍に当たろうとしたが、新政府軍の侵攻によってさかのぼって5月下旬に長岡藩が敗北したのを手始めに同盟側の敗戦が続き、7月3日には九条道孝を保護する久保田藩が同盟を離脱。その後も離脱が続き、同盟側に残った藩も7月26日まず三春藩が降伏した。9月に入ると4日米沢、12日仙台、15日福島、上山、17日山形、18日天童、19日会津、20日盛岡、23日庄内と主だった藩が続々と降伏し、奥羽越列藩同盟は完全に崩壊した。

奥羽越列藩同盟参加藩

参考文献





Wikipedia - All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.

Tagoror dot com  -  Legal Information  -  Contact us