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上野駅から御徒町駅にかけては、商業地域で松坂屋やアメヤ横町(アメ横)がある。
歴史
戦国時代には忍岡(しのぶのおか)とよばれていた。江戸幕府が開かれたときに藤堂高虎の屋敷があったが、その地に寛永寺が建立されたころから、門前町一帯を上野とよぶようになった。寛永寺は歴代将軍の墓所もつくられ、幕府から保護されたので繁栄し、それに伴って門前町の上野も発展した。
1868年の戊辰戦争で寛永寺が焼失し、その跡地が上野公園となった。1883年の上野駅開業後、東京の北の玄関口の役割を担うようになり、街も発展した。