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| 名前 | 現在の名前 | 科名 |
|---|---|---|
| 芹(せり) | 芹 | セリ科 |
| 薺(なずな) | 薺(ぺんぺん草) | アブラナ科 |
| 御形(ごぎょう) | 母子草(ははこぐさ) | キク科 |
| 繁縷(はこべら) | 繁縷(はこべ) | ナデシコ科 |
| 仏の座(ほとけのざ) | 田平子(たびらこ) | キク科 |
| 菘(すずな) | 蕪(かぶ) | アブラナ科 |
| 蘿蔔(すずしろ) | 大根(だいこん) | アブラナ科 |
この7種の野菜がを刻んで入れた粥を七種粥(七草粥)といい、邪気を払い万病を除く占いとして食べる。呪術的な意味ばかりでなく、御節料理で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補うという効能もある。
七種は、前日の夜に俎に乗せて囃し歌を歌いながら包丁で叩き、当日の朝に粥に入れる。囃し歌は鳥追い歌に由来するものであり、これは七種粥の行事と、豊作を祈る行事が結び付いたものと考えられている。
七種の行事は「子の日の遊び」とも呼ばれ、正月最初の子の日に野原に出て若菜を摘む風習があった。『枕草子』にも、「七日の若菜を人の六日にもて騒ぎ……」とある。
歴史
中国ではこの日には「七種菜羹」(7種類の野菜を入れた羹(あつもの))を食べて無病を祈る習慣があった。日本でも古くから行われており、『延喜式』にも記載されている。平安時代頃には一月十五日頃に行われ、粥に入れていたのは米・粟・黍(きび)・稗(ひえ)・みの・胡麻・小豆の七種の穀物だった。その後、春先に採れる野菜を入れるようになったが、その種類は諸説あり、また、地方によっても異なっていた。現在の7種は、1362年頃に書かれた『河海抄』の「芹、なづな、御行、はくべら、仏座、すずな、すずしろ、これぞ七種」が初見とされる。
江戸時代頃には武家や庶民にも定着し、幕府では公式行事として、将軍以下全ての武士が七種粥を食べる儀礼を行っていた。
| 名前 | 科名 |
|---|---|
| 萩(はぎ) | マメ科 |
| 尾花(おばな:薄のこと) | イネ科 |
| 葛(くず) | マメ科 |
| 撫子(なでしこ) | ナデシコ科 |
| 女郎花(おみなえし) | オミナエシ科 |
| 藤袴(ふじばかま)) | キク科 |
| 桔梗(ききょう) | キキョウ科 |
山上憶良が詠んだ以下の2首の歌がその由来とされている(2首目は旋頭歌)。
春の七種と違い、秋の七草に直接何かをする行事は特にない。秋の、野の花が咲き乱れる野原を「花野」(はなの)といい、花野を散策して短歌や俳句を詠むことが、古来より行われていた。秋の七草は、それを摘んだり食したりするのではなく、眺めて楽しむものである。