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京都は、桓武天皇が長岡京より平安京に遷都したことに始まる。それは、長岡京の建設責任者であった藤原種継が暗殺されたことや、南都寺院の影響から脱するためであった。
平安京は中国の風水に忠実に設計された都市で、四方を山に囲まれ、東に鴨川が西に桂川が蛇行しながら南へと流れている。内部は都城を模倣した長方形の区画をもっていた。現在の千本通が当時の朱雀大路にあたり、真北には舩岡山が位置していた。
平安時代の律令制の形骸化にともなって次第に本来の領域にとらわれない、鴨川と大内裏・御所を中心とする都市になり、経済的に発展していった。鎌倉時代には政権の一部が鎌倉へと移行したために相対的に政治都市としての役割を失い、経済都市としての性格を強くする。室町時代には室町幕府が京都に置かれたために政治都市として復活する一方で、経済発展を遂げ、町衆と呼ばれる有力市民による自治の伝統が生まれた。
戦国時代の端緒となる応仁の乱で市街のほとんどを焼失し、その後もたびたび戦乱に巻き込まれて一時衰微するが、町衆の力と織田信長、豊臣秀吉の保護により復興し、秀吉の整備によって江戸時代から現在に続く「京都」が形作られた。17世紀には政治の中枢を江戸に奪われたものの人口が50万人を越え、江戸、大坂に継ぐ日本第三の経済都市として繁栄する。
明治維新後は京都府が置かれそれ以前からの「京都」は上京区と下京区に分割。1889年に上京区・下京区は府管轄下の「京都市」となった。
現在の京都市は、周辺の町村を合併したため、江戸時代以前からの伝統的な「京都」の範囲は厳密に言えば現在の京都市内の一部であり、現在の京都市と京都は同一ではない。ただし京都という呼称が京都市を指す場合も一般的である。
東京は京都に対して東の都(または都市)を意味する。京都の歴史