風土・慣習・伝統の違いによる地域差はあるものの、有史以来、人が人を所有するという奴隷制度は世界中どこにでも見られた。近代になると天賦人権説が広まり各国で奴隷制度が廃止されるようになった。現代社会では人の所有や売買は国際条約や法律で禁止されているが、今も第3世界の貧しい地域では奴隷売買が公然と行われている地域がある。先進諸国でも人を拘束して売買し性産業に従事させる犯罪が後を絶たず、非合法の奴隷とみなされる。
諸形態 古代アテナイ・古代ローマ市民は原則として生産活動に従事せず、奴隷の労働の上で社会生活を営んだ。奴隷は階級として固定されたものではなく、生活困窮者や捕虜が奴隷の身分に落とされ、後に解放されて自由人の仲間入りを果たすこともあった。当時の奴隷は市民や国家の財産として扱われ、哲人アリストテレスは、「奴隷は肉体によって所有者に奉仕する。」と定義し奴隷の存在を肯定した。 古代スパルタのように、征服民族が被征服民を奴隷身分に落とす場合、奴隷に対する過酷な弾圧と階級の絶対的固定化・階級間の通婚禁止などの政策をとおして支配の安定化を図った。 インドのヒンドゥー教のカースト制度で、スードラを奴隷と訳すことがある。所有・売買の対象という意味では奴隷の定義から外れるが、他のカーストの下におかれたことから奴隷の名があてられる。 近代にはアフリカ諸地域から拉致されて売買された奴隷が、アメリカ大陸に輸出されて経済活動に従事させられた。アメリカ合衆国ではリンカーン大統領の時代に奴隷制度が廃止されたが、その後も肌の色で差別され、悲惨な境遇から逃れることは出来なかった。 かって中国では律令制度に組み入れられた奴隷のほか職業で差別される賤民がいた。中華人民共和国の成立によって解放されるまで、封建制度が長く続いた中国ではその存在が近代化を妨げる要因になった。 日本の律令制度では、五色の賤のうち、公奴婢と私奴婢が奴隷にあたる。この奴婢は、律令制度の弛緩にともない消滅した。平安時代以降には、様々な事情で自由を失った人が下人となり、主人に所有され、売買の対象になった。これは江戸時代に消滅した。江戸時代に人身売買は禁止されたが、脱法的手段で事実上の売買がなされ、身柄を拘束されて働かされる慣行が、遊郭などにあった。そのため、日本における奴隷制の実質的廃止は、1872年の芸娼妓解放令にまで下る。 関連項目 農奴 奴隷解放運動