|
|
原則として4つ程度の楽章によって構成され、そのうちの1つの楽章がソナタ形式であることが一応の定義であるが、例外の数はきわめて多い。
| Table of contents |
|
2 交響曲の標題 3 主な作曲家と作品 4 類似の形式を持つ楽曲 5 関連記事 |
歴史
17世紀イタリアでオペラの序曲として用いられたシンフォニアが一応の起源とされる。特にスカルラッティによるイタリア式序曲は「急-緩-急」の三部からなり、ヴィヴァルディやペルゴレージに受け継がれ発展し、ガルッピらによってソナタ形式として発展していった。さらに、マンハイム楽派のシュターミッツやカンナビヒによりシンフォニーとして発展し、エマニュエル・バッハらによってメヌエットの楽章が付け加えられ、古典派音楽へとつながった。
古典派により交響曲の形式は一応の完成を見た。ハイドンは「交響曲の父」と呼ばれ、軽快で明確な形式を持つ交響曲を(番号のついたもので)104曲残した。同時期にモーツァルトは、第41番までの交響曲を残しており、後期のものは特に重要であるが、初期のものは父レオポルトの手が入っており、どれだけが独自のものか不明である。
ハイドン、モーツァルトの交響曲形式は、
ベートーヴェンは、メヌエットを重厚なスケルツォに変え、古典派の交響曲の形式を完成させた。最後の交響曲第9番では、終楽章で独唱と合唱を取り入れ、さらに緩徐楽章とスケルツォの順番を逆にするなどの斬新な手法で、交響曲は古典派の頂点に達した。
ロマン派の時代になると、形式としての発展はせず、表現手段として人間の内面を表現する方向に向かう。(シューベルト、シューマン、メンデルスゾーン、ブラームスなど)後期ロマン派において、曲はより大規模なものになった。(ブルックナー、マーラー)。ブルックナーにおいては、ソナタ形式が拡大され、従来の二つの主題に加えて第三主題をもつようになった。マーラーのおいては、管弦楽の規模の拡大、独唱や合唱等の声楽を含めたことが特徴的である。
国民楽派、民族楽派は後期ロマン派と時代が重なるが(広い意味でのロマン派でもある)、交響曲は彼らにとっても重要な表現手段であり、ドヴォルザーク、チャイコフスキー、シベリウス、ニールセン、ヴォーン=ウィリアムス、バックス、グラズノフらがそれぞれ6曲から9曲の交響曲を残している。あまり注目されないが、ミヤスコフスキーは、27曲の交響曲を残している。
現代においても、交響曲というジャンルは残っているが、内容的に大きな変貌を遂げたものも含まれている。ソナタ形式の伝統に連なる交響曲作家としては、20世紀のプロコフィエフとショスタコーヴィチが、今のところ最後の双璧である。以降は(古典的な意味での)交響曲を主たる表現手段とする作曲家はいない。 メシアンの『トゥーランガリラ交響曲』、グレツキの交響曲第3番『悲しみの歌の交響曲』などの曲は有名であるが、形式や内容はロマン派の交響曲からは大きな隔たりがある。
ハイドンにおいては、第45番『告別』や第94番『驚愕』・第101番『時計』・第104番『ロンドン』などの名前を持つものがあるが、これは曲の特徴や初演された場所を愛称として付したものであり、標題の内容を音楽として表現したものでないため、絶対音楽と言える。
モーツァルトにおいても、第31番『パリ』・第35番『ハフナー』・第41番『ジュピター』など、同様である。(第35番はハフナー家のために作曲された。)
ベートーヴェンは、第3番『英雄』・第6番『田園』において自ら標題を与えるというやり方を開始した。第3番は、最初『ボナパルト』と題されて作曲されたことからも、ナポレオンを念頭においた
標題音楽である。なお、第5番『運命』、第9番『合唱(合唱付き)』は後世の人が与えた愛称であり、標題ではない。ただし、第9番はシラーの詩による「歓喜の歌」を含み、その言語により意図していることは明確であり、絶対音楽ではない。
以降のロマン派の交響曲は、絶対音楽と標題音楽の狭間を揺れ動きつつ発展を遂げることになった。
ベルリオーズは『幻想交響曲』において、ある女性との出会いをきっかけに、その幻影を旋律にし、固定観念(イデー・フィクス)として用いた。5つの楽章は「夢と情熱」、「舞踏会」、「野の風景」、「断頭台への行進」、「悪魔の祝日と夜の夢」という副題を持つ。この曲は、後の交響詩の発展の先駆けともなった。
シューマン、メンデルスゾーンの交響曲も標題を持つものがあるが、形式的には絶対音楽の範疇にとどまっている。
ブルックナーはかたくななまでに絶対音楽の形式を守ったが、マーラーは標題付きのものと絶対音楽の両者の交響曲を残している。交響曲が声楽を含み、意味のある歌詞を含むようになった以上、絶対音楽ではあり得ない。
シベリウスの『クレルヴォ交響曲』、マーラーの交響曲『大地の歌』、チャイコフスキーの『マンフレッド交響曲』など、番号付き作品の系列外に標題を持つ作品もある。
交響曲の標題
ハイドンやモーツァルトにおいては、交響曲が音楽以外のものと結びついた標題を予め与えられることは皆無であった。これは交響曲が絶対音楽として成立していたことを示す。主な作曲家と作品
類似の形式を持つ楽曲
関連記事