一大率
自女王國以北、特置一大率、検察諸國、諸國畏揮之。常治伊都國、於國中有如刺史。王遣使詣京都・帯方郡・諸韓國、及郡使倭國、皆臨津捜露、傳邊文書・賜遣之物詣女王、不得差錯。
女王国より北には、特別に一人の大率(たいすい)を置いて諸国を監察させており、諸国はこれを畏(おそ)れている。大率はいつも伊都国で政務を執り、それぞれの国にとって中国の刺史(しし)のような役割をもっている。王が帝都や帯方郡や諸韓国に使者を派遣したり、帯方郡が倭国へ使者を遺わすときは、いつも津(しん・水上交通上の関所)で、文書や賜与された物品を点検して、伝送して女王のもとへ到着するときに、間違いがないようにするのである。
一大率は、卑弥呼の王権によって任命された派遣官である。倭国の官人である。その官名は城郭の四方を守る将軍である大率に由来する。(道教の古典とされる『墨子』の「迎敵祠」条)
伊都国に常駐して女王国以北の諸国を検察し、諸国から畏憚(いたん)される存在であった。一大率は、北部九州地域を行政的・軍事的にも統括する任務をもっていた。さらに、女王の行う外交の実務を厳格に監督し実行する任務をもっていた。女王の命を受けてすべての外交実務を伊都国で掌握していた。この地域が伝統的に朝鮮・中国との交流の拠点として重要な意味を持っていた。