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しかし、このことは、単なるゴシップではない。
西洋的なものと東洋的なもの、絵画と写真、芸術性・個人性と社会性・集団性・企業性といった対立を如実に示す、典型的な事例である。
この対立の表面的なあらわれは、写真作品の著作権の帰属にある。
すなわち、ドイツにて報道写真家として活動し、ウルシュタイン社の派遣で日本に来た名取にしてみれば、写真は、極端な話、芸術ではなく、また個人の作品でもなく、当然に写真家の作品は、編集者の支配下にあり、また雇用者である企業に帰属すべきものであった。それは、名取の考え方がおかしいというよりは、そういう考え方の環境にあったというべきである。
これに対して、土門は、写真は、表現手段の1つであり、彼個人の芸術的な所産だと考えていたと思われる。したがって、自分の作品の著作権が自分に帰属しないということが、許せなかったのであろう。
ここに、1点しか存在し得ない絵画と複製を当然の前提とする写真との違い(さらに、報道写真となると、撮影者の意図と編集者の意図の違い)がからむため、さらに複雑な状況になる。
これを、西洋と東洋の写真観の対立と単純に言いきってしまうことはできないが、戦前の当時には、そう言うことはあながち間違いでもないだろう。
芸術家肌の土門と、写真家でもあったけれど、ドイツ的な(契約)感覚とそのグラフジャーナリズムの洗礼を受けたビジネスライクな名取とで、そりが合わなかったのは、今から思えば当然で、どちらが正しいというものでもなく、視覚芸術における写真の特殊性を示す事実として、極めて興味深い。