|
|
| Table of contents |
|
2 作品 3 外部リンク |
作家
東京外国語学校露語科を中退後、坪内逍遥のすすめで1886年『小説総論』を発表。翌年の処女小説『浮雲』は未完に終ったが、写実主義の描写と言文一致の文体で当時の文学者たちに大きな影響を与えた。先立って書かれた坪内逍遥の『当世書生気質』に色濃く残っていた戯作文学の影響を排し、日本の近代小説の始まりを告げた。またロシア語が堪能で、ツルゲーネフなど同時代のロシア写実主義文学を翻訳、紹介した。
1909年5月10日、朝日新聞特派員としてロシア赴任からの帰途、ベンガル湾上で肺結核で死去。
ペンネームは、父親が文学志望を罵った言葉「くたばってしめぇ」から。
作品
評論
小説
翻訳
外部リンク