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静岡県伊豆生れ。1972年大学卒業後、大手建築会社に就職、のち外国映画の輸入・配給会社勤務。1970年代後半より女性解放運動(ウーマン・リブ)に参画する。反性暴力のテーマを中心として映画の自主上映の活動ののち、1987年に株式会社パンドラ(パンドラカンパニー)を設立。パンドラは映画のプロデュース、外国のドキュメンタリー映画の輸入・配給、書籍の出版を行う。内容は多岐にわたるが、一貫してフェミニストの立場からの作品を扱っている。
| Table of contents |
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2 著書 3 外部へのリンク |
新人、とりわけ女性の新人作品を好んで取り上げ、ジェーン・カンピオン(Jane Campion)、ビョン・ヨンジュ(변영주、Byeon Yeong-Ju、Byun Young-Joo)、カロリーヌ・リンク(Caroline Link)、河瀬直美[1]など多くの女性監督が世に出るきっかけをつくる。スールン・ホアス(Solrun Hoaas)やシュー・リー・チェン(Shu Lea Cheang)など日本で知られていない映像作家作品の商業上映を実現させ、社会教育用VTRやPRなどを演出・製作。また、聴覚障害者のため副音声つき作品[1]の上映を商業映画で実現させる試みを行なっている。
1984年アカデミー賞受賞作、ゲイを正面からとらえた長編ドキュメンタリー『ハーヴェイ・ミルク』をパンドラ設立後の第一作として配給した。その後『100人の子供たちが列車を待っている』(第一回山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映)、『X指定 陽気なアメリカ・男のホンネ』、『ビヨンド・サイレンス』[1]』、『ニキ・ド・サンファル 美しい獣』[4]、『息づかい』class="external">[3プロフィール
パンドラの映像作品
女性のための手帳『月日ノオト』を毎年改良しながら、『東京おんなおたすけ本』、『東京おんなおたすけ本、part2』、『お母さんが元気に働く本:東京ママおたすけ本』など、女性の仕事や生活に直結する書籍の出版からスタート。現在こそ類書は数多いが当時は少なく、この書籍分野を開拓したといえる。
その後、P・アレキサンダー、F・デラコステ編、角田由紀子解説『セックス・ワーク 性産業に携る女性たちの声』class="external">[2パンドラの出版物
著書
外部へのリンク
オンライン・アーティクル