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大韓航空機撃墜事件

大韓航空機撃墜事件(だいかんこうくうきげきついじけん)は、1983年9月1日に民間航空機である大韓航空機KAL-007便が、ソビエト連邦領空を侵犯したために撃墜された事件。
撃墜されたのは、大韓航空のボーイング747型機で、ニューヨーク(ジョン・F・ケネディ国際空港)からアンカレッジを経由しソウルに向かうKAL-007便。ソ連の領空を侵犯したあと、領空から出て30秒後に、サハリンの近海でミサイル攻撃を受け墜落した。乗員・乗客合わせて269人が死亡。ソウル経由で日本へ帰国する途上であった日本人乗客も多数搭乗していたこと、ソ連以外では日本の自衛隊が事件の様子を観測・傍受していたことなど日本も深く関わっている。

なぜ007便は航路を逸脱したのか、なぜソ連は民間機を撃墜したか、という大きな謎が長らく解明されずにいたが、ソ連が崩壊するとともにロシアICAOブラック・ボックスを提出し、ICAOはこれをもとに調査の最終報告を提出した。その内容は「航路逸脱の原因はHDGモード(方位角モード)のままINSモードに切り替え忘れたか、もしくはINSモードに切り替えたが作動しなかったか」であるとするものである。この最終報告はあまり知られておらず、いまだに未解明であるとされてしまうことも多い。また、事件当時ソ連の発表したスパイ飛行説(後述)は現在でも根強い支持を得ている。

Table of contents
1 事件の経過
2 事件の発覚
3 機体の捜索
4 事件領空侵犯原因諸説
5 ソ連機の認識の疑問点
6 その他
7 参考文献

事件の経過

※時刻は日本時間。

8月31日
13:05 ジョン・F・ケネディ国際空港を出発
20:30 アンカレッジに到着
21:20 アンカレッジ出発予定。しかし、追い風のためソウル(金浦国際空港)開港(6:00)前に到着することがわかり、出発を見合わせ
21:50 予定より30分遅れてアンカレッジを出発
22:00 離陸 22:02 ウェイ・ポイント「ベセル」へ向かうため方位角245度へ機首を向ける。以降、機首は245度のまま 22:27 カイルン山電波局付近を通過し、レーダー圏外へ。(このとき、すでに北へ11km予定航路(J501)を逸脱していたことがのちに判明。管制塔からの警告はなかった)
22:49 アンカレッジの管制塔に「ベセル」通過を報告。実際のベセルより22km北の位置であった。米軍レーダー(キングサーモン)の圏内であったが、これは管制権を持っていなかった。
9月1日
00:51 ソ連の防空レーダー、カムチャツカ半島北東を飛行する航跡を確認。アメリカ軍機と判断。
01:30 007便、ソ連を領空侵犯。ソ連軍機は迎撃を試みるも接触できずに帰投。
02:28 007便、カムチャツカ半島を通過。ソ連のレーダーから消える。
02:36 007便、サハリンに接近しソ連軍は警戒態勢に入る。
03:05 007便、後続便(同航路を2分遅れで飛行するKL-015便)と通信し、お互いの風向風速がまったく異なっていることに気付く。しかしコース逸脱には気付かなかった。
03:08 ソ連軍機(スホーイ15戦闘機)、007便を視認。暗いため機種の判別はできていない。航空灯と衝突防止灯が点灯していることを報告。
03:20 東京の管制塔、007便に高度変更を許可(燃料節約のための高度上昇)
03:21 ソ連軍機、威嚇射撃。しかし、曵光弾は搭載されておらず、徹甲弾(光跡がみえない)のみ発射。
03:23 007便、高度上昇。これに伴う速度低下で、ソ連軍機は007便の真横まで追いついてしまう。
03:23 攻撃命令
03:25 ミサイル発射。熱戦誘導式とレーダー誘導式の計2発。30秒後、007便にミサイル命中

事件の発覚

航路をはずれた007便は自衛隊の稚内レーダー部隊により観測されていた。しかしこの時点で洋上飛行中(のはずであった)007便はトランスポンダから識別信号を発しておらず、自衛隊はソ連国内を飛行する所属不明機として扱った。

これとは別に、陸幕二課調査部別室(「調別」、電波傍受を主任務とする部隊)はソ連の戦闘機が地上と交信している音声を傍受。「ミサイル発射」のメッセージを確認したが、この時点で民間機が攻撃されていた事実は把握していなかった。この録音テープは、のちにアメリカがソ連糾弾のために使用するが、公式には日本政府からアメリカへの引き渡しは行われておらず、どのような経緯で渡ったのかは不明である。

撃墜直後、稚内のレーダー部隊は所属不明機の機影が突然消えたことを捉えた。しかし、行方不明機がいないか照会したところ該当機がなかった。

撃墜30秒後、それまで007便を通信管制していた東京の管制塔に007便からの呼び出しが入ったが、そのまま連絡が途切れた。付近の飛行機からも無線が通じず、30分後から遭難の可能性ありとして当局に捜索を要請した。

9月1日の日中の時点で大韓航空機の行方不明が報じられたほか、「ソ連国内に強制着陸」などの誤報も飛び交った。ソ連は「該当する航空機は国内にいない」「領空侵犯機は日本海へ飛び去った」と事件への関与を否定した。アメリカは、この日の内にソ連が007便を撃墜したと発表。傍受テープも一部放送した。(日本の軍事情報であるこのテープを公開することについて、日本は相談を受けていなかった)

9月2日、ソ連は「領空侵犯機は航法灯を点灯していなかった」「正式な手順の警告に応答しなかった」「日本海方面へ飛び去った」と発表した。(後に、航法灯は点灯しており十分な警告は行われていなかったことをパイロット自身が証言する)

9月6日、国連安全保障理事会で傍受テープが公開された。このあと、ソ連は撃墜を認める声明を発表した。

9月9日、ソ連のオルガコフ参謀総長が「大韓航空機は民間機を装ったスパイであった」と声明を発表。

機体の捜索

事件の調査のため日米ソがサハリン周囲の海域を捜索したが、ソ連は領海内への立ち入りは認めず、公海上での捜索に対しても進路妨害などを行った。回収物件は日本側へ引き渡されたが「遺体は見つからなかった」「ブラック・ボックスは回収していない」と主張。後にイズベチヤ紙の取材で複数の遺体が回収されていたことが明らかにされている。ブラック・ボックスも実際には回収されており、モスクワには「スパイ飛行説の反証となりうる可能性がある」との報告がなされていた。

事件領空侵犯原因諸説

冒頭に上げられた2点の他にもこの事件は疑問点が多く、現在でもICAO公式発表以外に諸説がささやかれている。 ここではまず領空侵犯の原因としてよく言われる説を下に挙げる。

航法装置の設定ミスまたは故障説

説の趣旨

この説は、航法装置の設定ミスが領空侵犯に至った原因とするものである。安全管理の分野では、二重三重の安全システムを、いかにして人間のミスがくぐり抜けてしまうかの一例としてこの事件が紹介されることが多い。

説の根拠

ボーイング747は航路をコックピットで事前に入力し自動航行するシステムになっている。離着陸,天候の悪化,何らかのトラブルの場合以外は手動で操縦することは、通常はない。どのようなミスで操縦士たちが気付かずに航路を逸脱してしまいうるか、いくつかの説が議論されている。

説の弱点・欠点

航路の入力は,コックピットにいる操縦士,副操縦士,機関士の3名のうちの2名以上の確認の下に行われることから,入力の誤りは考えにくい。また、航法装置の切り替えミスでは離陸後早くから速度表示などが異常な値を示すはずで、早期に気付けたはず。航法装置は3台装備されて、そのうち1台が異常を起こしても多数決制で正常な装置の判断が優先されるはず。

航法装置の設定ミスや故障だとしても、航行灯は点いていたはずである。遠くから見ても民間機と分かる大型の民間機を、国際的な非難を浴びることを承知で撃墜したのはつじつまが合わない。

アメリカ軍部の指示説

説の趣旨

アメリカ軍部が,ソ連極東に配備された戦闘機のスクランブル状況を知るために,同盟国である韓国に民間機の故意の領空侵犯を指示し,事故機がこれに従ったとする説である。ソ連が主に主張したほか、アメリカ国内でも当局の陰謀の存在が議論された。

説の根拠

  • アラスカにあるレーダーサイトが事故機の位置を把握しており、コース逸脱の異常を認めた場合には何らかの警告を発していたはずである。しかしそのような警告もなかった。
  • 007便がソ連領空付近で不自然に蛇行するような航路をとっていた。
  • 機長が元空軍の軍人であり、この計画に従うことに躊躇しないと考えた。(大韓航空のパイロットには元空軍軍人が多い)
  • 付近は多くの民間機が航来する航路であるから、領空直前までは軍用機か民間機かを知られることはない。また夜間の飛行であるため、接近しない限り民間機であることが判らない。従って迎撃体勢が取られるであろうが、接近すれば民間機と判るはずなので撃墜されることはないと言う判断があったのではないか?
  • ソ連側は、当時ソ連領空周辺ではアメリカ軍の偵察機RC-135が頻繁に飛行しておりそれと間違え撃墜したとしている。撃墜した本人も、巨大な敵機が飛来していると思い込み、威嚇射撃後緩やかに進路を変え飛行した為、逃げられると思ったと証言している。つまり民間機と判る航行灯を消していたことになる。
  • スクランブルしたソ連機がコックピットの近くに接近したり威嚇射撃までしているのに、ボイスレコーダには異常を感じさせる音声は記録されていない。またブラック・ボックスの記録には、威嚇射撃後直ちには航路を変更せずその後緩やかに正しい航路へ戻ろうとしており、その後撃墜されている。つまりソ連機がスクランブルしてくることは事前に分かっており、民間機であることはソ連機がコックピットの近くまで接近していれば分かっているはずである。撃ち落されることはないので一気に針路変更する必要もない、一気に針路変更すれば逆に米軍機RC-135と間違われ危険だと考えていた。
  • 撃墜の日に現場近くを米軍機が偵察飛行しており、ソ連軍機の撃墜の事実をいち早く世界に伝えている。これは偶然とは言いがたい。
  • 007便は撃墜の少し前から後続の大韓航空機からの無線の呼びかけに全く応答していない。これはコースの逸脱を後続機から指摘されるのを避けていたのではないか。

説の欠点

スパイ飛行だとしても、007便はそれを隠蔽するための偽装を行った形跡がまったく残っていない。例として、ウェイ・ポイント(航路上の通過地点)の通過時刻が予定と毎回ずれているがそれをずれたまま報告している(通常、通過予定時刻がそれほどずれることはない)、同一航路の他の便より低い気温を報告している(=北方へ逸脱している)など。

蛇行した航路については、誤差を持ったレーダー記録の各点を線でつないだ結果の見かけのものだとする意見もある。

また、単にスクランブルの様子を観測するだけのために果たしてアメリカ軍は民間人数百人の命をかけてまでスパイ飛行を指示する意義があったのか? 公になった際にはアメリカは人道面で国際的な非難を浴び信頼を失うのは確実であったはずで、リスクに見合ったメリットがあるとは考えにくい。

燃料節約説

説の趣旨

この説は,機長が燃料節約のために意図的に航路を北にずらしたとするものである。

説の根拠

当時の大韓航空機は航空運賃が安く,燃料を節約することは機長の使命であったといわれていることが,判断の根拠となっている。

説の欠点

当時の状況におけるソ連領空への侵入は危険であることを当然機長もわかっていたはずであり、そこまでの危険を冒してまで領空周辺を飛ぶ必要があったのかという疑問点が残る。 燃料の節約だとしても航行灯は点けていたはずであり、それを見れば民間機と分かるはずである。この様な大型の民間機を、国際的な非難を浴びることを承知の上で撃墜するのはつじつまが合わない。

ソ連機の認識の疑問点

この事件の問題点として、民間機と認識された上で撃墜されたかということがある。民間機は航行灯を点けているはずでそれを見れば民間機と分かるはずであった。

その他

ソ連軍は当初撃墜の事実を否定していた。日本の自衛隊が稚内で傍受していたソ連軍機の生々しい交信の一部を国連で公開し、初めて認めた。
007便はサハリン沖に墜落し日本の船が墜落現場に駆けつけたとき既にソ連船がブラックボックスなど遺品をを回収していた。ソ連は当時、事件解明の鍵を握る可能性のあるブラック・ボックスの公開要求には応じなかった。これはソ連崩壊後、ロシアによって公開されることになる。

参考文献





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