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| Table of contents |
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2 詩風 3 日本への影響 4 主な作品 5 関連項目 |
略歴
772年、鄭州新鄭県に生まれた。子どもの頃から頭脳明晰であったらしく、5~6歳で詩を作ることができ、9歳で声律を覚えたという。
彼の家系は地方官を輩出するくらいの低い家柄であったが、安録山の乱以後の政治改革により低い家系でも取り立てられやすくなったおかげもあり、800年、29歳で科挙の進士科に合格した。35歳で盩厔県の尉になり、翰林学士、左拾遺にまで上りつめた。このころ、『新楽府』を完成させた。
その後、左遷され地方の長官を歴任。任期を終え中央へ戻り838年刑部侍郎、836年太子少傅、842年刑部尚書となり引退。74歳のとき『白氏文集』を完成させ、75歳にしてその生涯を閉じる。
詩風
彼は「風諭詩」と呼ばれる政治などを批判・賞賛した詩が、特に高い評価を得ている。他にも「長恨歌」「琵琶行」などの閑適詩・感傷詩がある。日本への影響
白居易の詩は平安文学に大きな影響を与えた。日本では風諭詩よりも閑適詩・感傷詩の方がもてはやされた。『枕草子』にも『白氏文集』が登場しているように、当時の貴族達にもてはやされたことがわかる。『源氏物語』も白居易の『長恨歌』が影響を及ぼしている。