竹下登(たけしたのぼる、1924年2月26日(大正13年)- 2000年6月19日(平成12年))は昭和時代末期から平成にかけて多くの官僚職を歴任し、内閣総理大臣ともなった日本の政治家。1989年の税制改革関連法案強行採決で可決し、消費税を日本ではじめて導入したことで知られる。
総理時代の答弁スタイルは「言語明瞭 意味不明瞭」とも呼ばれ流行語ともなった。
略暦 1924年 - 島根県の飯石郡掛合村に生まれる 1952年 - 島根県議会議員選挙に初出馬して当選 1958年 - 衆議院選挙に出馬し、島根全国区でトップ当選 1971年 - 内閣官房長官(第3次佐藤内閣、1972年まで) 1974年 - 内閣官房長官(第2次田中内閣、1974年12月まで) 1976年 - 建設大臣(三木内閣、1976年まで) 1979年 - 大蔵大臣(第2次大平内閣、1980年7月まで) 1982年 - 大蔵大臣(中曽根内閣、1986年7月まで) 1987年 - 中曽根氏による後継総裁指名により第74代内閣総理大臣となる(1989年6月3日まで) 1988年 - 12月27日税制改革関連法案成立により消費税導入 1989年 - 6月2日リクルート献金疑惑が発端となり、内閣総辞職 2000年 - 入院中の病院より政界引退を表明 2000年 - 6月19日死去 享年76歳 大勲位菊花大綬章が追贈される