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白河上皇(白河天皇)は、第72代天皇。
| Table of contents |
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2 略歴 3 諡号・追号・異名 4 在位中の元号 5 陵墓・霊廟 6 関連事項 |
1086年(応徳3年),皇太子に譲位して太上天皇となったが,幼い天皇を後見するために自ら政務を執る。いわゆる院政である。摂政関白は引き続き置かれたが、これにより名目上の存在に近いものとなる。
子である第73代堀河天皇成人後も政権を返すことなく,受領階級や武家出身の近臣を用いて専制的な政治を行った。
堀河天皇崩御後は,その皇太子で自らの孫である第74代鳥羽天皇、更にその子の第75代崇徳天皇と3代にわたって院政を敷いた。
系譜
略歴
藤原氏摂関家と外戚関係のない後三条天皇の皇子として生まれ、20歳で即位。関白を置いたが、父天皇同様に親政を行い、摂関家の権勢を弱めることに努める。諡号・追号・異名
譲位後の院政時の住居の名称により、白河院と追号された(追号も諡号の一種とする場合もあるが、厳密には諡号とは異なる。)。また六条帝の名もある。明治以後は白河天皇とする。在位中の元号
陵墓・霊廟
京都市伏見区竹田浄菩堤院町の成菩堤院陵(じょうぼだいいんのみささぎ)に葬られた。
全ての天皇は皇居の宮中三殿の一つの皇霊殿に祀られている。