1928年(昭和3)張作霖爆殺事件に際して、国際的な信用を保つために容疑者を軍法会議によって厳罰に処すべきと主張したが、陸軍の強い反対にあい果たせず。この事を野党民政党に批判され、また昭和天皇にも叱責された為内閣総辞職した。
関連項目 田中上奏文(田中義一が昭和天皇に世界征服を奏上したとされる偽書) zh-cn:田中义一