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長期間(現在のものは一般的に3~4年)保存ができ、基本的に調理済みなので、あけてすぐ、または簡易な加熱などのみでそのまま食することができる。また、あけてすぐに食べれば食中毒などを引き起こす可能性も極めて低い。など、多くの利点がある。ただし、必ず加熱殺菌される、固形物はミンチ状にするか、調味液とともに封入する必要がある、など、製造工程に由来する弱点もあり、どんな食品も保存できるわけではない。
内容物によっては、缶に錫の合金を使い、内容物の腐敗を防ぐ工夫がされている。エポキシ樹脂やフェノール系樹脂塗料が使われることもある。
缶への直接印刷は、日本では戦前は行われなかった。缶の外側に印刷した紙を巻きつけるように張り、これで内容物を示した。
缶の素材は、日本では主にアルミニウムまたは鉄で、アルミニウム製のものはアルミ缶、鉄製のものはかつてブリキ缶またはスチール缶と呼ばれる。ただし、ブリキ缶という呼称は現在はほとんど使われない。スチール缶は磁石につく。回収することにより再資源化することが可能である。
現在は缶切りがなくても、容器そのものに開封用のプルトップなどがついており、あけられるものが増えている。日本では、缶ドリンクはほとんどがこの種のものになっている。このように、缶そのものに開封のためのしくみを付加した缶詰を、イージーオープン缶と呼ぶ。
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缶詰は、初期には主に軍用食として活用された。特に、アメリカの南北戦争で多く利用された。のちに一般向けにも製造されるようになり、現在では、災害対策用の備蓄用食品としても利用されている。
当初、缶切りは発明されず、缶詰は潰したりたたいたりしてあけられていた。このため、初期のものは内容物が既にミンチ状になっているコンビーフなどに限られ、液状のドリンク類は入れられなかった。缶切りが発明されると液体なども入れられるようになり、内容物のバリエーションが広がった。
日本では、缶の底に賞味期限を刻印することが義務付けられている。底面の3行の文字列のうちの2行目が賞味期限表示で、「041010」は賞味期限が2004年10月10日であることを意味する。表示には日を省略し、「0410」(2004年10月賞味期限の意味)でもよい。1997年3月31日製造分までは、この表示が製造年月(日)表記のものもある。また、非常に古い缶詰の中には、10月製造を「0」、11月製造を「I」、12月製造を「Z」と表した時代もあった。これは製缶機の刻印能力に限界があったためであった。
日本での缶詰の消費量は、日本缶詰協会によれば4080000トン(2002年推計)。ただし、缶ビールと炭酸飲料、スポーツドリンク類を除き、缶コーヒー、果汁飲料の缶ドリンクを含む。250g缶相当で一人あたり165缶で、ドリンク類を除くと37缶である。レトルト食品などの売り上げが伸びており、缶詰の消費量は若干減少傾向にある。製造方法
内容物は洗浄され、食用にならない部分は取り除かれる。内容物によっては調理などが行われ、缶に入れられ、場合によっては調味液が入れられる。缶内部の空気が抜かれ、抜かれた状態で封がされる。この後、加熱殺菌される。殺菌温度や時間も内容物により異なる。最後に打検棒でたたいて内容を検査する。これは熟練の検査官が、音で内容物の状態を把握するというものである。打検師は日本では大変に少ない。歴史
1804年に瓶詰めが発明されると、その後すぐ、1810年にイギリスのピーター・デュランド(Peter Durand)が、金属製容器に食品を入れる缶詰を発明した。これにより、食品を長期間保存することが可能になった。ただし、初期のものは殺菌の方法に問題があり、たびたび缶が破裂するという事故を起こした。これはのちに改良された。日本の缶詰
日本での製造は1871年に長崎で松田雅典によって開始された。1877年10月10日、北海道石狩で石狩缶詰所が創業。日本缶詰協会はこの日、10月10日を缶詰の日と決めている。当初は缶詰は管詰と綴られた。