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神聖ローマ帝国(962年 - 1806年)は、中世にドイツを中心に存在していた政体。11世紀ころまでは(西)ローマ帝国、12世紀ごろには神聖帝国、13世紀以降には神聖ローマ帝国と称された。
帝国はその「ローマ帝国」という名目の為にイタリアの支配権を唱え、度々侵攻した(イタリア政策)。 このためドイツでの帝権強化にまで手が回らず、他国に比べ中央集権化が遅れた。
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2 神聖ローマ帝国君主一覧 |
歴史
962年オットー1世(大帝)がローマ教皇ヨハネ12世により、古代ローマ帝国の継承者として戴冠したときから始まる。
当初から帝権は弱体で、封建領主の連合体という側面が強かった。
16世紀以来、皇帝は有力な封建領主(選帝侯)による選挙で選ばれるようになり、後にはオーストリア王家ハプスブルク家が事実上世襲するようになった。
17世紀に起きた内戦、三十年戦争により国内は荒廃し、1648年のウェストファリア条約によって封建領主の独立主権が認められ、帝国は全く名目だけの存在となった。
19世紀初頭にナポレオン・ボナパルトの侵攻を受け、帝国は完全に解体されて終焉を迎えた。
ドイツ帝国
1871年にドイツが国民国家のドイツ帝国として統一されたのち、神聖ローマ帝国はドイツに成立した最初の帝国として知られるようになった。その後ナチスは、過去の栄光と自らを結びつけるため、ドイツ帝国を第二帝国として数え、自らの国家をドイツ第三帝国と称するようになった。
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神聖ローマ帝国君主一覧
ザクセン朝
ザリエル朝
ホーエンシュタウフェン朝
ナッサウ朝
ルクセンブルク朝
バイエルン朝
プファルツ朝
ハプスブルク朝
詳細はハプスブルク家を参照。
ハプスブルク・ロートリンゲン朝