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相馬主計胤貫

相馬主計胤貫そうまかずえたねぬき、天保十四年(1845年)‐?)は新選組最後の局長。

相馬がいつ新撰組に入隊したかは不明である。 慶応四年一月の鳥羽伏見の戦いの時は入隊している。おそらく天満屋事件の時には仮隊士としていたと思われる。

その後、甲陽鎮撫隊を経て流山で近藤勇と潜伏。新政府軍に囲まれ、近藤が出頭。相馬は土方歳三と共に 勝海舟、大久保一翁を訪ね近藤の助命を依頼している。 相馬は、勝からの書状を手に近藤が捕らわれている板橋を訪れたが捕縛されてしまう。 近藤処刑後、一緒に捕らわれていた野村利三郎と共に助命され、旗本加藤平内に預けられ謹慎。この後二人は謹慎場所を脱するが、どの様な経緯かはわかっていない。

仙台で土方と再会。戊辰戦争最終地の箱館まで戦い、土方死後、五稜郭恭順と共に相馬は局長として恭順の書状に名前をしたため新撰組の幕を引いた。

明治三年十月 終身流罪。新島に流される。 明治五年 赦免され、東京に居住。妻 マツと暮らす。

しばらくして、マツが外出先から帰ってくると障子を真っ赤に染め、割腹自殺を遂げていた。自殺の真相は不明。





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