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概説
1995年に旧第二電電(DDI、現KDDI)と、DDI親会社の京セラの出資で設立し事業を開始。
他社PHS事業者による50ミリワットの基地局よりも出力が高い500ミリワットの基地局を中心に整備。当初、都内で基地局同士の干渉が多く、通話不能なトラブルが多発したが、高出力の基地局故に、利用可能なエリアの拡大展開が早く、PHSではトップのグループとなった。
しかしながら、PHS全体の問題である、同時期に普及し始めた携帯電話との相互通話が不能なこと、1996年10月の暫定接続以後も携帯電話←→PHS間での高額な通話料が発生することや、さらに携帯電話が料金を値下げした結果、料金面での格差が縮小し、利用可能なエリアがPHSより抜群に広い携帯電話に利用者が移り始めた。
対抗策として、ハンドオーバー処理を高速化して、従来のPHSの弱点である切れやすい点を改良したPHS(商品名「H’’」=エッジ)を「ハイブリッド携帯電話」の名称で売り出したものの、賢い消費者にPHSであることが見破られ、他社PHS同様減少傾向に転ずる。
起死回生策として、データ通信を前面に打ち出すことになり、モバイル通信初の定額データ通信サービスAir H"を発表し、ようやく加入者の減少に歯止めがかかった。
またAir H"でなくてもデータ通信が64kbpsでできることを強みに、携帯電話との差別化に成功している。
オープンネットコンテンツ (ONC) という独自のコンテンツサービスがあるが、
対応コンテンツはiモードなどに比べ非常に少ない。
外部リンク