平安時代末期の白河院政を嚆矢とし、鎌倉時代前期の後鳥羽院政までが典型であり、また最盛期でもあった。 天皇の母后との関係を媒介として政務を見る摂政関白とは異なって直接的な父権に基づくものであるため,専制的な統治を可能とした。
君主位譲位者が後継者の後見として実質的な政務を行うという政治体制は,恒久的な制度としては世界史的にきわめて稀であり,他にはヴェトナムの陳朝にその例を見る程度である。