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道教

zh-cn:道教

道教 (どうきょう、dao-jiao)は、中国三大宗教(儒教仏教、道教)の一つである。道家、道学ともいう。(タオ)―宇宙と人生の根源的な真理世界―の不滅と一体になることを究極の理想とする、漢民族(中国民族)の土着的・伝統的な宗教である。

道教とはどのようにして現在のような宗教的思想体系になったのか、ほとんど不明である。しかし、現在でも台湾東南アジアの中国人の間ではかなり根強く信仰されている宗教であり、その「道」(たお)という概念は。20世紀後半からは西欧の思想家たちに多大な影響を与えた。
道教の発生は、中国古来の巫術もしくは鬼道の教を基盤としている。その上に、墨家の上帝鬼神の思想信仰、儒教の神道と祭礼の哲学、老荘道家の「玄」と「真」の形而上学、さらに中国仏教の業報輪廻と解脱ないしは衆生済度の教理儀礼などを重層的・複合的に取り入れてできあがった物であろう。
五代の時期に宗教教団としての組織と儀礼と神学教理とを一応完成するにいたった。

道教の研究の第一人者は、日本の福永光司である。

Table of contents
1 道の教え
2 歴史的に形成された道教
3 日本における道教

道の教え

道教とは、「道の教え」である。

広義には、「従うべき聖人の教え」という意味で、この語(道教)は使われる。この場合儒教仏教を指すこともある。
もうすこし狭くは「『老子』や『荘子』の中で述べられているような道の教え」と言う意味で使われる。
そして、この「『老子』や『荘子』の中で述べられているような道の教え」と密接に関連して、「紀元後五世紀に歴史的に形成された道教」という意味でもこの語は使われる。

「『老子』や『荘子』の中で述べられているような道の教え」と、「紀元後五世紀に歴史的に形成された道教」は伝統的な中国では道家と呼ばれ、道教と道家は同じものを指すと言われている。

歴史的に形成された道教

道教の教団の制度は2世紀頃の五斗米道(天師道)の教団制度が基本にあるのではないか、と言われている。更に中国に入ってきた仏教の教団制度との類似も指摘されている(特にその出家制度)

5世紀頃(劉宋)の江南で活躍した道士、陸修静(りくしゅうせい 406 - 477)はさまざまな流れのあった道教をまとめあげる事に大きな寄与をした、と言われている。当時、江南呪術の系譜であるといわれる「三皇経」、またその他に「霊宝経」、「上清経」などと称される経典群があったが、それらは、系統的に別々の流れのものだった。このころには、道の変化した神である「元始天尊」「霊宝天尊」「道徳天尊」などが現れている。

宋代には内丹道(ないたんどう;体内の気をめぐらせて丹つまりエネルギーを生み出す技法)や錬度(れんど)の科目が盛行し道教の姿も大きく変化していった。

北宋の張伯端(ちょうはくたん)「悟真篇(ごしんへん)」 - 内丹道の主要経典

葛洪(かっこう)の「抱朴子(ほうぼくし)」

北魏の寇謙之(こうけんし) - 新天師道をおこした。

唐末の杜光庭(とこうてい)の「道教霊験記(どうきょうれいげんき)」、「洞天福地岳瀆名山記(どうてんふくちがくとくめいざんき)」

八仙 - 呂洞賓(りょどうひん)ほか。呂洞賓はもっとも有名な仙人と言える。

代の通俗小説「封神演義(ほうしんえんぎ)」 - 道教の神々が大活躍。現実の道教にも影響を与えている。

西遊記」 - 玉皇大帝(ぎょくこうたいてい)は孫悟空に斉天大聖(せいてんたいせい)の位を与えている。

日本における道教

仏教儒教と同じ頃に渡来した。 律令制にも道教に関する役所が採用されたが、民衆運動や政争に利用されたため、やがて廃止された。それにかわって、陰陽師が道術を取り入れ、日本独自の陰陽道が生まれた。




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