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赤城 (空母)

航空母艦赤城あかぎ)は、日本海軍航空母艦1923年(大正12)、「八八艦隊計画」の天城型巡洋戦艦の二番艦として起工。建造途中、ワシントン軍縮会議の結果ワシントン軍縮条約が締結され、廃艦になるところを戦艦加賀とともに途中から空母に改造された。

1927年(昭和2)に呉海軍工廠で竣工。竣工当時が空母黎明期ということもあり、当初三段の飛行甲板をもつ特異な形状をしていたが、運用上の問題が露呈したため1935年(昭和10)から1938年(昭和13)までに改装され、一段の全通甲板と島型艦橋を持つ近代空母として生まれ変わった。本艦は、加賀、米海軍のレキシントン、サラトガとともに当時世界の四大空母のひとつに数えられていた。太平洋戦争でも日本海軍機動部隊の象徴として、破竹の快進撃を支えた。

改装により艦載機の搭載量は91機になり攻撃力は3割増えた一方で、防御力は予算のため武装の改装がなされなかった。12㎝高角砲は新型の12.7㎝に換装されず、25㎜機銃も新鋭空母翔鶴のように三連装でなく連装のままで、他の空母に比べると対空砲火は脆弱だった。

1941年(昭和16)に機動部隊こと第1航空艦隊が新設されると赤城はその旗艦となりハワイ海戦に参加、その後もダーウィンやセイロン島を強襲するなど太平洋からインド洋までところ狭しと駆け抜けたが、ミッドウェイ海戦で被弾、炎上し、自沈処分された。





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