|
|
| Table of contents |
|
2 歴史 3 利水 4 荒川にまつわる話題 5 関連地形・施設 6 外部リンク |
埼玉県、山梨県、長野県の三県が境を接する甲武信ヶ岳(こぶしがたけ)に源を発し、秩父山地の水を集めながら秩父盆地まで東に流れる。秩父盆地から長瀞渓谷まで北に、その後東に流れて寄居町で関東平野に出る。熊谷市で南南東に向きを変え、川越市で入間川を併せる。戸田市近辺で再び東流、埼玉・東京の都県境を流れ、北区の新岩淵水門で新河岸川を併せ、隅田川を分ける。その後再び南流し江戸川区で東京湾に注ぐ。
荒川は、室町時代以前は現在の埼玉県の平野部を東に下り、武蔵国と下総国の境あたり、今の吉川市周辺で当時は南流していた利根川と合流して、それ以南を合流と分流を繰り返しながら江戸湾(現在の東京湾)に注ぐ川だった。「荒」という名の通り大変な暴れ川だったため、下流域の開発は遅れていた。
寛永6年 (1629年) に、現在の熊谷市から南に付け替えて入間川の河道に落ちるようになった。元の河道は、熊谷市で荒川から離れて吉川市で中川と合流する元荒川となっている。同時期の工事で利根川は東に瀬替えして鬼怒川に合流するようになった。
付け替え後の荒川(元の入間川)は、下流で現在の隅田川の河道を通っていた。この部分は台風で大雨が降るとしばしば溢れて江戸(後に東京)の下町を水浸しにした。荒川下流は流速が遅い。大雨の際、熊谷市での最高水位時と川口市の最高水位時の差が48ないし60時間ある。洪水が人や家を押し流すことはないが、浸水による家屋と農作物の被害は深刻であった。
1910年から20年をかけて現在の北区から東に荒川放水路を掘って中川の河道に繋げる大工事を行い、こちらを荒川本流とした。さらに荒川が流れ込んできて旧来の河道(旧中川)が断ち切られ、荒川に流れ込むようになってしまった中川の水を逃がすため、その東に新中川が掘られて旧江戸川(元の利根川本流)に繋げられた。さらにその東へ江戸川放水路がつくられて江戸川の本流が旧江戸川から分離されて、東京都東部の大河川は現在見られる流路となった。
上流部には秩父湖(二瀬ダム)などのダム湖が多くあり、首都圏の水がめの一端を担っている。また、利根川水系のダム湖で蓄えられた水は行田市の利根大堰から武蔵水路を経て荒川に落ち、荒川水系の水も加えてさいたま市の秋ヶ瀬取水堰で取水され、埼玉県だけでなく東京都のかなりの部分の水道水の元となっている。
荒川は、1979年秋に第1作の放送が始まったテレビドラマ「3年B組金八先生」(制作 :TBS)の重要な背景になっている。タイトルバックには「荒川土手の通学風景」が組み込まれるのが通例。現実には土手にのぼって歩かなくとも道はあるのだが、演出上の効果は大きい。この足立区の荒川右岸の堤防は、前述の「荒川放水路」建設によって出現したものであり、水が通されたのは昭和初期のことである。
埼玉県寄居町にある県立のさいたま川の博物館は、全国でも珍しい河川に関する博物館で、荒川を主にとりあげている。また、隅田川との分岐点には、国土交通省荒川下流河川事務所に付属して荒川知水資料館がある。
地理
歴史
利水
荒川にまつわる話題
|
|
| さいたま市を流れる荒川 |
関連地形・施設
荒川水系の主な川
ダムと湖沼
橋
その他
外部リンク