肥前国(ひぜんのくに)は、かつて日本の地方行政区分だった国の一つである。西海道に含まれ、その領域は現在の佐賀県と、対馬と壱岐を除く長崎県とに相当する。
沿革 火国(ひのくに)、後の肥国(ひのくに)の分割によって7世紀末までに成立した。肥後国が『続日本紀』に初めて見える持統天皇10年 (696年) までのどの時点かに、肥前国と肥後国との分割があったと推定される。 国府は現在の大和町惣座にあった。1975年から1984年までの発掘で政庁などの遺跡が発見された。 関連項目 令制国一覧
火国(ひのくに)、後の肥国(ひのくに)の分割によって7世紀末までに成立した。肥後国が『続日本紀』に初めて見える持統天皇10年 (696年) までのどの時点かに、肥前国と肥後国との分割があったと推定される。
国府は現在の大和町惣座にあった。1975年から1984年までの発掘で政庁などの遺跡が発見された。
関連項目 令制国一覧