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足利義教

足利 義教あしかが よしのり応永元年(1393年) - 嘉吉4年(1441年)、将軍職1428年~1441年)は、室町幕府6代将軍で足利義満の子。

出家して義円と名乗っていたが、応永35年(1428年に兄の4代将軍足利義持が急逝したため6代将軍となった。当初は義宣と名乗ったが、翌年義教に改名した。(なお5代将軍足利義量は当時既に死亡していた)

この時、後継者の中からくじ引きによって将軍職に選ばれたため、後に「籤引き将軍」と揶揄された。

鎌倉公方足利持氏による永享の乱を鎮め、在職中には室町幕府としては初めて、関東に対する実質的な支配権を確立した。また、九州探題に腹心の大内持世を任じ、百年にわたる九州の内乱状態を解消。他に、有力大名の後継問題への介入、あるいは比叡山に対する圧力など、一貫して幕府権力の強化を目的とした政策を遂行した。織田信長による比叡山の焼き討ちは有名だが、これは義教の政策に対する抗議のために僧侶が焼身自殺をし、根本中堂が焼失した事件(1438、永享六年)を嚆矢とするものであろう。赤松満祐に誘われて暗殺された(嘉吉の乱)。

先代:
足利義量
足利将軍一覧 次代:
足利義勝




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