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足利 義政(あしかが よしまさ、1435年 - 1490年)は、室町時代中期、室町幕府8代征夷大将軍。妻日野富子。
幕府の財政難と土一揆に苦しみ政治を疎んだ。幕政を富子や細川勝元・山名宗全らの有力守護大名に委ねて、自らはもっぱら数奇の道を探求した生粋の文化人であった。
29歳の若さで隠居を思い立ち実弟足利義視を還俗させて次期将軍に決定しながら、実子足利義尚の誕生で生じた家督継承問題を富子や有力守護に任せきるなど、優柔不断で無責任な行動に終始した。応仁の乱を経て室町幕府の権威を完全に失墜させた。
銀閣寺(慈照寺)を建て東山文化現出し東山殿と呼ばれた。庭師善阿弥、狩野派絵師の狩野正信を重用した。華やかな北山文化に対してわび・さびの世界が花開いた。
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