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舒明天皇

舒明天皇じょめいてんのう)は、日本の第34代の天皇である。田村皇子 (たむらのみこ)。息長足日広額天皇 (おきながたらしひひろぬかのすめらみこと) 。在位は舒明天皇元年 (629年) 1月4日から13年 (641年) 10月9日。

生年は不明。父は押坂彦人大兄皇子で、敏達天皇の子。母は糠手姫皇女。皇后は宝皇女(皇極天皇)で、中大兄皇子(天智天皇)、間人皇女、大海人皇子(天武天皇)をもうけた。蘇我馬子の娘の法提郎女との間に古人皇子をもうけた。吉備国の蚊家采女との間に、蚊屋皇子をもうけた。

推古天皇は、在位36年 (628年) 3月7日に死去したとき、継嗣を定めていなかった。蘇我蝦夷は群臣にはかってその意見が田村皇子と山背大兄皇子に分かれていることを知り、田村皇子を立てて天皇にした。これが舒明天皇である。舒明天皇の時代、政治の実権は蘇我蝦夷にあった。

在位中、最初の遣唐使を送り、からの高表仁の返訪を受けた。高表仁は、天皇と礼を争った。唐には使者のほかにも学問僧や学生が渡り、隋の頃にわたった者も含め、僧霊雲、僧旻、僧清安、高向玄理が帰国した。百済新羅からの使節も訪れた。

在位中の事績

元年 (629年) 1月4日 即位
2年 (630年) 1月12日 宝皇女を皇后に立てた。
2年 (630年) 8月5日 遣唐使を遣わした。
2年 (630年) 10月12日 岡本宮に遷った。
3年 (631年) 3月1日 百済王が王子の豊章を質として送ってきた。
4年 (632年) 8月 唐の高表仁が遣唐使を送り使者として来た。
4年 (632年) 10月 唐の高表仁が難波津に着いた。
4年 (632年) 1月26日 唐の高表仁が帰った。
8年 (636年) 6月10日 岡本宮が火災にあった。田村宮に遷った。
9年 (637年) 蝦夷が反乱したため、上毛野形名を将軍として討たせた。
11年 (639年) 7月 詔して、百済川のほとりに宮を造らせた。
12年 (640年) 10月 百済宮に遷った。
13年 (641年) 10月9日 死去。

先代:
推古天皇
天皇の一覧 次代:
皇極天皇




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